第15話 経過の衝撃

組織にとって最も必要なものとは何か。



自己と隣人へと向けられる愛だろうか?


未知や失敗を恐れずに挑戦し続ける知恵だろうか?


潤沢な物資を供給し得るだけの財力だろうか?


それとも強力なリーダーシップを発揮する偉大な指導者だろうか?


どれも確かに重要だが、しかし必須ではない。



最終的に、結論的に、最も必要になるものとは何か。



暴力だ。



ダンケルハイト帝国 ジーベン帝回顧録——


◇◇◇



アード船長率いる海賊……いや冒険者たちは、言葉のとおり島に滞在して仕事の手伝いを行っていた。

それは居酒屋でオヤカタやシラマらに語っていたとおり、潜水艇を使った海底漁りルーターでは回収できない物資の引き上げだったり、あるいはもっと単純な力仕事などを任せられることになった。


何せ島での仕事は、キツい力仕事であればいくらでもある。


いくら力自慢の男たちとはいえ、流石にぶっ続けで作業ができるわけでもないため、休憩を挟んでは作業を再開することを繰り返しているため、常に人手不足だ。

数人とはいえ臨時で働いてもらえるならば、非常に助かるというものである。


また力仕事以外にも仕事はある。

冒険者たちの中でも特殊な技能の持ち主……彼らの乗る潜水艇の整備や保守を行う機関士を担当しているジョウという男は、技術屋として市場の同業たちに呼ばれてそちらで作業を行ったり、あるいは自身らの持つ知識や技術についての意見交換を行っていた。


ジョウはオヤカタやアード船長ほどではないが歳をとった中年の男性であり、結んで先に小さなリボンをつけるもじゃもじゃで豊かな黒い髭の持ち主であるのだが、しかし頭部は禿げている。


技術屋というのは常に情報を更新し勉強し続ける必要がある職業だ。

こういう時でもないと、新たな技術に触れることは滅多にないため、チェサピークを含めて多くの人たちがジョウと話をしている。




「島というともっと閉鎖的な場所になると思っていた。予想と外れた」


アード船長らがこの島に寄港して二週間が過ぎ、もうすっかりこの島に馴染んで島民と談笑している冒険者の人たちを市場で眺めながら、オトは潜水服を運ぶ隣のシラマに尋ねるように話しかけた。


「ん?ああ、まあ、そりゃあ初対面であれば警戒もするけど、二、三日も付き合って話をすればそれなりに人となりも見えてくるしなあ」


シラマもまた、冒険者の中でも心得のある人物……ベンとチャンという男性らと、海底漁りとしての仕事を共にすることがあった。


流石に専門でやっているシラマと比較すれば、ベンやチャンの仕事は確かに手際の良さは劣るものの、しかし十分合格点と言えるほどの腕の持ち主たちであった。

むしろ、専門的な知識……例えば肉食の魚類であるミュラエニダエが潜んでいる場所について、海底漁りは感覚や経験則から当たりを着けてそこを回避するのだが、彼らはミュラエニダエの生息場所や習性から潜む場所を特定して回避する。

どちらがどう、と言うわけでは無いが、そういった学者的な考えはシラマにはなかったものであり、とても参考になったというのが本音だ。


今日もまた一緒に仕事をして、夕方前に帰ってきた次第である。



「あ、おかえりシラマ」


「お、お前も仕事終わりか?」


「おう、ただいまチェス……と、オヤカタも?珍しいですね」


そうして装備の整備のためチェサピークのところを訪れたシラマだったが、そこでオヤカタと出会った。


「ああ、釣り竿の整備にな。そろそろカツウォヌスの時期だろ?大型の魚だからな、ちょっとでも歪んでるとすぐ壊れちまう」


「あ、なるほど。でも普段は別の整備士に頼んでません?」


「そっちは今、冒険者の連中の装備の調整をしているからなぁ。あとは、連中もそろそろ補給を終えて次の冒険に出るらしいからな。その前に船も整備するらしい」


冒険者たち……アードたちが来てからそれなりに時間も経過した。

仕事をいくつか引き受け、その対価として物資や食料を受け取っており、そしてこの後に装備や船体の整備を終えたら、また旅へと戻る予定らしい。


「だからチェスのところに来たんですね」


「チェスの腕が良いことは俺も知ってるからな」


「ふふふ、褒めても何も出ないぞ~!」


普段はシラマを始めとした若い人間しか利用されていないのだが、今回ばかりは漁師組合長であるオヤカタにも褒められてチェサピークもご機嫌な様子だ。

普段よりも念入りに装備の点検をしている……普段から彼女は仕事が丁寧なため語弊があるだろうが、しかし雰囲気としてはそういうような感じだ。



そして、ブー!ブー!と鋭い警告音が市場に響いた。



驚いたように顔を上げるシラマとチェサピーク、そしてオヤカタ。

オトだけは無表情なため解らないが、しかし彼女も他の面子と同様に首を上げる。


「……また冒険者でしょうか?アードさんたちの知り合いとか」


「いや、流石にそんな連続しては来ないだろう。それにもし、アードたちが他にも仲間が来るかもしれないって言うなら事前に教えてくれるもんだろ?そんなこと聞いてないぞ」


「アードさんたちに聞いてみますか?」


「いや、連中は今、総出で、船を出して海底漁りの仕事に言ってるはずだ。大型の機械を回収するって言っていた」


俄かに騒ぎ始める場であるが、しかし慣れた様子で、市場に居る面々は港へと向かう。

あわよくば、アードたちのような新たな冒険者がやってきたのかと期待をしていたのだが……。




「……ありゃあ、一体」


港に来たオヤカタは、沖合に浮かぶ船を見つけてぽつりとつぶやく。

シラマもチェサピークも、そちらの方を見るが……やはり驚いて目を開く。


真っ黒な船……黒鉄とでもいうべき、大型で巨大な艦船が、この島へと向かってやってきているのだ。

この場で解るのは、その船に帆はなく、しかし力強くこちらへ向かってきているために動力機関は搭載されているだろうということと、艦橋には建造物が建っているかのように大型の設備が備わっていること、そして船の上に設置された数々の砲台や機関銃の座。


今まで見てきた海賊だとか、そういう連中とは一線を画する武装であった。



「軍艦……?」


オトもまた、その船をみて呟く。

その姿は確かに、国家が運営する暴力装置、軍隊で運用する船のそれであった。

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