第14話 来訪の経過

「いやー!まさかこんなに強いヤツがこんな島にいるとは!まったく海は広い!完敗だぜ!そして乾杯!」


「俺もあんたみたいなヤツは初めてだぜ!今日と言う日と新たな出会いに乾杯!!」


カンッ!と陶器で出来たカップを打ち立てて鳴らし、オヤカタとアードは注がれた酒を一気に飲み干していく。

港でひと悶着があった後、オヤカタは幾人の漁師たちを連れて乗り込んできた海賊たちを引き連れ、市場のほど近い場所にある食堂……居酒屋と呼称される、主に酒類を主体にした食事を提供する……に連れて行き、真昼から酒盛りを始めたのだ。


「アーッ!いいなこの酒!喉を焼くような感じだ!」


「美味いだろう?他所の酒も少しは飲んだことがあるが、この島のと比べたら水みたいなもんだ」


島で製造されているのはイモ類の蒸留酒だ。

他の島からやってきた行商の人間から仕入れた麦類から作った発泡酒は、苦みとキレこそあるが酒としてはイマイチであるというのがオヤカタの評価である。

それと比較すれば、島の酒のアルコール度数は相当に高いはずなのだが、この2人にかかればまるで水のような扱いである。



「オヤカタは、危ない相手じゃあないって解ってたんですか?」


シラマとオトも、席を共にしていた。

オトが彼らに興味を示したため、同席を許された形である。


なんだか盛り上がっているが、元々は海賊が来たと聞いていたのだ。

しかし伝え聞いていた海賊とは、今回やってきたアードたちの様子は全く異なるものである。


ちらりと、アードが引き連れてきたスーツを着た男たちの様子を見る。

とてもお上品に……とは流石に言えないものの、解りやすく言えば暴力を振るったり略奪を行ったりと言ったそういう行動は一切取っていない。

例えばこの場で食べる以上の食事を強請ったり、女性に酌を強制したりといったこともしない。


まあ初対面のオトを口説こうとした奴はいたが、それはそれだろう。


明け透けな指摘に、アードは苦笑する……とはいえ、まあある程度は「そりゃあそう思われるよな」という自虐も含んだものであるが、オヤカタは「そりゃあそうだ」と自信ありげに頷いた。


「略奪に来るような連中は、わざわざ船を港に上品に寄港させたうえで降りてきたりしないからな。例えば大砲だとか、武器だとか兵器だとか、そういうもんで威嚇してくるのさ。『俺は危ない奴なんだぞ』って相手に周知させるためにな」


「ま、海賊だって反撃喰らって手傷を負いたくはないからな。武器や兵器を使うのだって無料ってわけにはいかないし、『俺に逆らわないで欲しい!何事もなく食糧を手に入れたい!』ってのが本音なんだよ」


オヤカタの言葉に続けるアード。

じゃああの乱痴気騒ぎ腕相撲はなんだったのか、という疑問がオトの頭に浮かんでいるが、しかしオヤカタやアードは勿論のこと、シラマも何か言う様子もないし、オトから得た情報を調べるために工房へ帰ったチェサピークも何も突っ込んでいなかったので、そういうものであると無理矢理に解釈することにした。


そうしてオヤカタとひとしきり談笑した後、アードはシラマたちに向き直る。


「改めてよろしく、俺はアード、船長をやっている。俺たちは船にのってあちこちを旅して回っているんだ。色々と見たことのない場所や、島なんかに行ってみようっていう感じでな……まあなんだ、だから海賊っていうよりかは『冒険者』って呼んでもらった方が嬉しいね」


「冒険者……」


「冒険者」


シラマが呟き、オトはほほう、という顔をしてアードの言葉を反芻する。


「じゃあ、色々と見て回ったりしたんですか?」


「おうとも。この島に来る前にも色々な島にも言ったぞ。ここより山の標高が高い場所なんかは、酒はないんだが苦味があって美味い茶と、甜橙みかんが栽培されてる場所でな。甜橙は日持ちしないから持ってないが、茶葉ならいくつか貰っているから後で市場に預けるとするよ」


アードはぐいっと酒を飲んで、口を湿らせる。


「あとはそうだなぁ、俺たちの船は海の中にも潜れるんだ。あまり深くは無理だが……だから沈んじまった遺構とか遺跡とかを見たりな」


「へぇ……」


「食料とか物資を融通してもらうために、島での依頼を受けて、そういった遺跡にある大型の機材や遺物なんかの回収サルベージを手伝ったりもしてるぜ。この島でも補給はしたいから、そういった仕事があっても、まあ何でも手伝うぜ」


「ん?今」


「なるほど、確かにそういった船があれば、大きなものも回収しやすそうですね」


何か琴線に触れたのか、オトが無表情なまま食い気味に口を挟もうとしたが、なんか余計なことを言いそうだと思ったシラマは遮って発言した。


海底漁りルーターとしては、確かに貴重な機材や道具類を見つけても、大きかったり重かったりして諦めざるを得ない場面などいくらでも遭遇している。その中でも特に貴重そうであったり有用そうなものは、漁師組合の力も借りて船を使って引き揚げ作業を行うのだが、直接海に潜ることが出来る船ならばそういった作業もぐっと楽になる。


シラマたち海底漁りが、発見こそしていたが回収が困難な場所にあったりして諦めていた物資もいくつもある。

それらが回収できるとなれば、彼らの助けは正に渡りに船といったところだろう。


「ああ。そういう感じで、しばらくは厄介になるから、よろしくな。補給とかが終わったらまた、旅に出ることになると思うが」


「おう、もちろんだとも」


「こちらこそ、よろしくお願いします……それと出来れば、今までの旅の話とか聞いてみたいです」


オヤカタとシラマが同意すると、アードは笑って頷く。


「もちろんだとも!他の島でもよく頼まれていたからな」


他の島の情報と言うのは、中々入っては来ない。


島というものは基本的に独立しており、その島単独で生活できるようにできているためだ。

彼らのような旅人や、あるいは島の特産品の交換をすることで生計を立てる商人のような職業でなければ、他の島へ行ったこともない人間が殆どである。


旅行と言う概念こそ理解はできるが、(アード達こそ違うが)海賊が存在し、船を動かすための燃料や人員も必要で、そして海に生息する生物なども障害になりえる。

余程の理由が無ければ、島外に出るという発想にすら至らないというのが本音のところなのだ。


だが、それ故に他の島の話など、自分が住む島外の話というのはとても人気の話題である。

外へは出ないものの、興味がないわけでは無い。

島内での生活こそみんな大事にはしているが、それはそれとして刺激には飢えているのだ。


「補給が終わったら何処に行くの?」


と、ここまでの話を聞いていたオトが尋ねた。

アードは「そうだなぁ」と呟きながら腕を組む。


「特段は決めていないな。商人とかから話を聞いて、行き先を決めようとは思っているが」


「それなら世界海底基もがががが」


「すみません、ちょっとこの子死ぬほど疲れているようなので連れて行きますね!奥に!起こさないでやってください!」


オトが口を開いて言い切る前に、シラマはその口を両手で塞いで腰挫体固キャメルクラッチをキめるかのような姿勢のまま、オトを引きずり、きょとんとした表情を浮かべているアードに何度も頭を下げて、オトを食堂の奥へと引き込んでいく。

何度もシラマの手を叩いてギブギブギブと無表情のまま呟くオトを解放すると、呼吸の必要もないのにゴホゴホと咳き込んで見せた。


「逢引?」


「違うわ馬鹿たれ!!今アードさんに何言おうとしたんだよ!!」


「世界海底基地に行かないかって誘おうかと。案内するから」


「あのなあ!!」


思い切り頭を振り、そして両腕を振り回しながらシラマは声を上げた。


「アンドロイドであることは隠そうって言ったよな?特に島外の人間には!チェサピークとかオヤカタとかは仕方ないにしてもだ、アードさんにはダメだろ!」


「む、そうは言っても私の目的は情報を伝えることで……」


「それでお前が攫われたりしちゃったら嫌だろ!」


頭を掻きながらシラマが言うと、オトは無表情ながらもムスっとした表情を浮かべ……そして次の瞬間には「はっ」と声を上げて何かに気が付いた様子で、途端にしおらしくなった。

明らかなオトの雰囲気の変化、それも180度回転どころか明後日の方向に向かっている雰囲気を感じたシラマは、恐る恐るといった具合でオトの顔を見る。


絶対になんか誤解してるだろ、と確信しながら。


「オト?」


「私が連れていかれるのは嫌って言った?」


「言った」


「私と離れるのは嫌って言った?」


「……まあ、そう解釈される可能性があることは言った」


「私とその健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くして共にあるって言った?」


「お前の耳って故障してねえか?」


「ベッドにいこう、な!」


「おい馬鹿やめろ!オヤカタもアードさんも店に居るだろ!うわ力強い?!腕相撲オトも参加すればよかっただろ絶対勝てたぞお前!待って!止めて!アーッ!!」


食堂のバックヤードでギャーギャーと騒ぐ2人の男女を、オヤカタとアードは酒を飲みながら、生暖かい目で見つめていた。

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