第13話 変容の来訪

ヨーホー! 海賊暮らし

アホイ! 銃を手に酒を手に

ヨーソロー! 船が俺の墓場さ



「海賊の唄」作曲者不詳・作詞者不詳——


◇◇◇



海賊。

その歴史は随分と古い。


国家同士が物資や金銭のやり取りをはじめ、それを船で行うようになると、当然とでも言わんばかりに、略奪をしようと海上で襲う集団が現れた。


海賊は非常に組織であるといえる。

例えば、そもそも船という一介の人間では手に入れられない高級品を入手できるだけの財力あるいは運、船を問題なく操縦するための操舵手に海図を読み解き暗礁を避けるための航海士などの技術者に、船の細かな整備を行い略奪の時には剣となり銃弾となり盾となる多くの水夫、そして海の上では手に入りにくい食糧や嗜好品の管理も重要であり、その上で、度の相手をどのように攻めて宝を奪うのかを決定する判断能力。


何せ海上では逃げ場がない。少し状況がまずくなったからと逃げ出すことのできる場所もなければ、食糧も飲み水も尽きれば奪うことすらできずただ餓死せざるを得ないのだ。

その上で船を動かすだけでも多数の人員が必要であり、それらを統率することが出来る一種のカリスマを持つ船長ともなれば、なるほど山賊や野盗など児戯に等しい。


しかし見返りは破格だ。


国家同士でのやり取りが多い貿易の商船は、貴重品や金銭を山というほど積んでおり、そして商船もまた海賊船同様、海の上では逃げ場もなく振り切って逃げることもままならない。

勿論護衛の船をつけていたり、あるいは商船自身が武装することもままあるが、護衛の船を雇うには莫大な金がかかるし、武装を強固にすればするほどに一度に運べる荷が減るというジレンマに陥ることになる。


結局、海賊船に目をつけられたならば無駄な抵抗をせずに取引パーレイを行い、荷の一部を海賊に渡すことでお目こぼしを貰い、海賊もまた取引に応じる船を無闇には襲わず、なんならば他の海賊から守ってやるといった、半ば関所まがいの存在にもなっていた。


現代において、海賊という言葉は、その意味合いを変えている。


陸地が海に沈み人が住める場所が限られるようになったことで、例えば犯罪者であったり島内での権力や政治闘争に敗れ土地から追い出された人間であったり、あるいは自ら小さく人口の密集した島から飛び出して海上で生きることを選んだ変わり者など、海の上で船の中を主として生活する人間のことを、総じて「海賊」と呼ぶようになった。


とはいえ、その海賊がやることは大きく変わらない。

例えば、交流のある島と島の間で行われている貿易に対して略奪を行うというのは想像の通り行われているし、あるいは船ではなく島を襲撃して物資の略奪を行う集団もいる。



島の港に一隻の船が寄港する。

それはオトが言うには旧世代に造られた潜水艇海に潜れる船とのことだが、シラマにはただ流線型の変わった形の船にしか見えない。


オヤカタを始め、漁師や漁業者組合の関係者たちが固唾をのんで見守る中、船の出入り口らしい場所が開き、そこからタラップが波止場におろされると、一人また一人と海賊の人間が降りてくる。


降りてきた男たちは以外にも身綺麗であり、服も綺麗に整ったスーツに帽子を被っていた。

しかし服はともかくとして、海賊と言う言葉のイメージ通りに身体つきはガッシリとしており、その筋肉量はシラマのそれを上回るだろう。


ごくり、とシラマは喉を鳴らす。


そうしてスーツを着た男たち8人が船から降りると、最後に黒いスーツを着た男性が姿を現す。

「おぉ……」と漁師たちからどよめきと驚きの声が上がった。

黒いスーツの男は、顔に刻まれた皺や、海上で日に焼けたのだろう浅黒い肌から50歳から60歳ほどだと思われるが、その身体はスーツで覆われているのにもかかわらず盛り上がり、筋肉の量を隠しきれておらず、まるで巌に布を被せたかのような偉丈夫であったのだ。


「船長のアードだ」


黒いスーツの男……アードは、その外見に似つかわしいよく通るが低い声を上げると、結んで背に垂らした白髪交じりの灰色の髪を風に揺らしながら漁師たちを睥睨する。


「漁師組合長のオヤカタだ」


ずい、とオヤカタが一歩、また一歩と前に進みアードの元へと近づきながら声を上げる。

オーバーオールを身に着け、薄汚れた青いシャツを着たオヤカタは、服装では確かに身綺麗にしているアードと比較するべくもなく貧相なものであるが、しかしその服に包まれた筋肉は膨張し、アードのそれと比較して何ら遜色せず、あるいは勝っているのではないかと錯覚させる。


「ほぉ……」「おお」と白いスーツを着た海賊たちからも声が上がった。


「…………」


「…………」


オヤカタとアードはお互いに向き合い、彼我の距離を徐々に詰めていく。

そして、接吻できるほどとは言わないが、抱き合い殴り合えるほどの距離にまで近づくと、互いに互いの目を見つめ合い、逸らすことなく睨みガンつけ合った。


「…………」


「…………」


睨み合いが続く。

漁師も、海賊たちも、そしてシラマもチェサピークもまた、睨み合う二人から目が離せないでいた。


ゴロゴロゴロ……ズン……


すると、漁師の一人が市場から水や魚を入れるのに使う木の樽を一つ、転がしながら睨み合うオヤカタとアードの間に割って入った。

そして樽を二人の間に立てて設置する。

それはまるでテーブルのようであった。


ズッ


スイッ


ガシッ


樽がしっかりと直立し固定されたのを確認すると、アードはその樽の上に右肘をつけた状態で、右腕を上にあげる。

オヤカタもまた自身の右肘を樽の上につけ、同様に右腕を上にあげる、そしてガッシリと握手をするようにアードの右手の平を掴んで、組んだ。


「ファイッ!!!」


樽を持ってきた漁師が声を上げると、オヤカタとアードが顔に青筋を立てて顔を赤くして互いの腕に力を籠め合う。

互いに相手の腕を樽の台面に叩きつけようと全力を出していた。


腕相撲アームレスリングである。


外野の男たちは、いっせいに歓声と罵声を上げ始めた。


「うおおおおお!!いけえええ!!」


「アード船長!がんばれ!!」


「お前その筋肉は飾りじゃないってところ、見せてやれ!!」


「俺はオヤカタに賭けるぜ」


「じゃあ俺は船長に」


グググ・・・・・・!


喧騒に包まれる中で腕相撲は続く。

力比べは最初こそ拮抗していたようだが、しかしその均衡は崩れる。

オヤカタの腕が徐々に倒れ始め、オヤカタの手の甲が徐々に徐々に、樽の上へと接近し始めたのだ。


「おおおおおおおお!!」


「あああああああ!!オヤカタもうちょっと頑張って!!」


「俺の賭けた酒がああああああ!!!」


顔を真っ赤にして耐えようとするオヤカタであったが、徐々に徐々にその腕が樽の台面へと近づいていく。

万事休すか、もはや周囲の人間……海賊たちは勿論のこと、漁業組合の面々も、シラマやチェサピークでさえも、そしてアード船長も、もはやオヤカタの敗北を予感していた。


そしてそれが確信に変わる、まさにその瞬間。


オヤカタは、ニイと笑う。

対して驚き、目を見開くアード船長。


それもそうだろう。

まさに樽の台面にオヤカタの手の甲がつく、その寸前でピタリとその動きが止まったのだ。


そして、まるで万力に力が籠められるように、ゆっくりと、本当にごくゆっくりとオヤカタの手が持ち上がっていく。

ギリギリまで追い詰められていたはずのオヤカタが、徐々に徐々に敗北から逃れていく。

ギリギリまで追い詰めていたはずのアード船長が、徐々に徐々に勝利から遠ざかっていく。



「おおおおおおおお!!!」


「ンンンンンン!!!」


ここにきて、一言も発さずに歯を食いしばっていたアード船長もオヤカタも共に咆哮する。

びりびりと鼓膜をうつような雄叫びは、試合の行方を見つめていた周囲の男たちの叫び声すらもかき消すほどに。


そしてオヤカタの手が中間地点にまで戻っていき……そしてアード船長の手の甲を、逆に樽の台面へと押し付けていく。


「ガアアアアアアアアアアア!!!」


吠えるアード船長は渾身の力を込めてそれに抗うが、しかしオヤカタの腕を止められずに、まるで首に迫る断頭台の刃のごとく、その手は樽の上に押し付けられた。



「ンンン!!!!」


「おおおお!!!」


「船長ぉぉぉぉ!?」


「オヤカタ!オヤカタ!!」


「あっばばばばばばばばばばばばば!!」


「んんんん!!!」


アード船長は信じられないといった具合で再度樽の上に腕を置く。

するとオヤカタは再度その手を握り、そして今度は即座に樽の台面へと叩きつける。


それを数度繰り返すと、アード船長は樽を掴んで思い切り放り投げた。

ドダァン!!と派手な音が鳴り響く。

そしてそのままの勢いで、オヤカタの方へと腕を伸ばし——


「「友よ!!」」


ガシッ、とアード船長とオヤカタが握手を交わした。

互いの筋肉がぴくぴくと歓喜しているように震えている。


「おおおおおおおお!!」


「ナイスバルク!!」


「ナイスファイト!!」


「オーヤカタ!!オーヤカタ!!」


漁師も、海賊たちも、そしてシラマもチェサピークもまた、大きな歓声を上げてアード船長の健闘を称え、そしてオヤカタの勝利を称え、二人の勝負を祝福した。



そんな歓声に包まれる中、オトだけは無表情なまま、周囲の様子を再度確認し……。


「なにこれ」


一人呟いた。

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