第10話 継続の日常
翌朝。
夜明けと同時に……太陽が地平線より姿を見せるかどうか、といった頃にはシラマは目を覚ましていた。
これは特別、シラマの今日の寝起きが早いというわけでは無い。
島の人間は概ね、太陽が昇れば目を覚まし、太陽が沈めば寝床につくという、旧世代の人たちに言わせれば「規則正しい生活」を行っているのだ。
無論夜に働く必要のある人間など例外はいるのだが、この生活リズムは島の基本となっているのは間違いがない。
とはいえ、それは健康的な生活を送ろうとみんなが意識をしているわけでは無く、
そうして、静謐な空気が満ちる朝であるが、シラマはなんともゲッソリとした様子で起き上がっていた。
それは正に精も根も尽き果てた表情である。
オヤカタが船でシラマを迎えに行くのを忘れて数10kmを泳いで島に戻る羽目になったときでも、これほどまでの状況には追い込まれていなかっただろう。
そして、反対にオトは酷く艶々していた。
あるいはテカテカしていた。
相変わらずの無表情なのに、どこか得意げな雰囲気を漂わせていたのだ。
「むふー、おはようシラマ」
「……おはよ………ああ、もう婿にいけねえ……」
「むふー」
呼吸の必要もない身体であるにも関わらず、得意げに鼻息を荒くするオトは、コトコトと小気味良い音を立てながら、食器をテーブルに乗せていく。
ここに来てようやく、シラマも「おっ」と声を上げて表情に生気が戻った。
「飯作ってくれてたのか」
「うん」
オトは無表情ながら得意げな様子で頷く。
料理が趣味であるシラマだが、それは仕事から戻ってきた後の夕食であったり、あるいは休暇のときなど限られた状況でなければ、基本的に食事は食堂で摂る。
特に朝食は用意する手間暇にかかる時間を考えればどうしてもそうせざるを得ない。
肉体労働であるために食事は欠かさず摂らねばならないが、とはいえ体力を少しでも回復させたいのでギリギリまで寝ていたいのも本音である。
テーブルの上に置かれたのは
「すっごい美味そう!」
「ふふん。私は下町の定食屋から町中華、三ツ星の調理手法やレシピも記録している。当時なら検索システムで☆4.2くらいの評価は出るレベル」
「早く食べようぜ、日が暮れちまうよ」
無表情のままドヤ顔をするという器用な真似をするオトだが、シラマは待ち切れないといった様子だった。
二人ともが席につき、いただきますと声を上げて食事に手をつける。
オムレツを一口食べたシラマの動きが止まる。
ふふ、感動で声も出ないか、と内心でドヤ顔を続けるオトもまたオムレツを一口食べて
「んお″あ″っ」
機械のモーターと動力部を繋ぐベルトが捻れて無理矢理に機構が止まってしまったような唸り声を上げる。
「不味い。何故」
無表情ながら、オトは愕然としていた。
記憶を省みるが、調理の手順に問題やミスは無かった。
実際問題として見栄えは良い。
勿論、それはオトが作られた旧世代……穀物も野菜も卵も肉も魚も、何もかもが品種改良を続けられて甘みや旨味を増強された上で、見栄えを良くするために食糧生産プラントにて徹底管理されて製造された食糧品と比較してしまえば見劣りするが、しかしここまで酷い味になる筈がない。
まるで塩と砂糖を間違えたかのようだが、流石にそんな初歩的なミスは今時のヒロインはやらない。
と、そこまで考えて、オトは調味料を見る。
そして少し掌に出して味見をすると、納得がいった。
「調味料の味が違う……」
塩や砂糖、そして香辛料と言った調味料の数々は、さすが趣味というだけあってシラマの家にもそれなりの数があった。
それ故にオトはそれをそのまま使っていたのだが、それが間違いだったのだ。
塩も砂糖も、旧世代のそれとは精製方法も材料も異なる。雑味や不純物なども混じっており、全くの別物とまでは言わないまでもオトに記録されているそれとは、全く味わいの異なるものであった。
そりゃあメシマズになるのも道理である。
深い溜息を吐きながら、オトは無表情ながらも悲壮な雰囲気を漂わせる。
これが、旧世代の
「……はあ、ごめんなさい。失敗した。残しておいて欲しい、私が後で食べる……」
そう言いながら、オトが俯いた顔を見上げる。
すると、シラマはふー、と息を吐き、腹をぽんぽんと叩いていた。
彼の前にはきれいに完食済みの何も残っていない皿だけが鎮座している。
「せっかくオトが作ってくれたんだろ?残すなんて失礼なこと出来ないよ。味はまあ……あ、でも、これはこれで美味かったよ」
にっと笑うシラマを見て、オトはしばらく沈黙した。
そして徐ろにふう、と息を吐くと唐突に服を脱ぎ始める。
「いや、唐突に服を脱ぎ始める。じゃねえよ何してんだ!」
「布団をしこう」
「朝っぱらだわ目を覚ませ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐシラマと、無理矢理にでも服を脱いで服を脱がさせて布団を敷こうとするオトとの攻防が始まる。
これほどまでに賑やかな朝を、シラマは今まで経験したことはなかった。
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