第8話 言葉の引継

島に戻ったシラマは、オトを連れて自宅へと戻った。


オトの容姿や服装は目立つ上に、外からの人間が来てもすぐに分かる程度には顔なじみしかいないのが島での生活であるため、オトは頭からすっぽりと外套を被っている。

幸いまだ日は高く、シラマの同僚を含めた多くの人間は海に出ていたり、仕事に精を出している時間帯であるため、オトを連れ帰るのを見咎められたり、声をかけられたりと言ったことはなかった。


シラマの家は街のはずれにある岬……というよりも、海に少し突き出るような形の岩場に建てられている。

家の隣には、今はその役目を終えた灯台が建っていた……昔使われていた灯台と灯台守の住居にシラマの先祖が住み、シラマが受け継いだものである。


「ふぅ……何とか無事に帰ってこれた」


「男性の部屋を訪れることの意味は理解している。さあばっちこい」


「今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ」


シラマはドカッと丸太をそのまま削った椅子に腰掛け、身につけた潜水服を外していく。

いつもであればチェサピークのところに整備や修繕も兼ねて預けるのだが、今回はオトが人目につかないことを優先した結果だ。


海底漁りルーターは肉体労働であり体力勝負であるため、シラマは筋肉の付いたガッシリとした体躯をしているものの、とはいえ重い潜水服を着たまま、オトを連れて港から自宅まで歩いて帰るのは中々に重労働であった。

首を回してゴリゴリと関節を鳴らしながら、手際良く装備を脱いでいく。


手持ち無沙汰になったオトは、シラマの家の部屋をぐるりと見渡す。


部屋の大きさはそれなりであり、余裕をもって4〜5人は入れそうな居間と、それに直結する形で石造りの台所。

居間の奥にはドアが3つあり、個室が2つとトイレ、浴槽につながっている。


整理整頓がなされており、例えば食器や衣服が雑多に放り出されている訳では無く、清掃もなされている……さすがに、埃の1つも落ちていないとまでは言えないが。


「意外」


「何が?」


オトが漏らした感想にシラマが首を傾げる。


「一人暮らしの男性の部屋はもっとひどく荒んでいて、かつ、とても女性の口では言えないものが散らばっているものと」


「いや何だよそれ」


「具体的に言うとティッシュの山とか」


「ティッシュ?なにそれ」


「……ティッシュは無くなったのね」


そんな会話をしながらも、シラマは装備を脱ぎ、短パンにタオルを首から下げた姿となると、キッチンのポットから白湯をコップに注ぎ、オトにも出しながらダイニングテーブルにつく。

オトも、何かしら茶化すこともなく席についた。


「まずは……いろいろと聞きたいことがある。一度話してもらったことも再度尋ねるかもしれないが、それは俺がまだ理解できていないと思って許してくれ」


「うん、勿論。何でも聞いて」


シラマの言葉にオトは頷く。


「そうだな、じゃあまず……」


シラマは目を閉じて、そしてゆっくりと開いた。

かすかに震えている手や上ずりそうな声を抑えるように、半ば囁くように尋ねる。



「俺は何者なのか、解るか?」


「世界海底基地に所属していた研究者の主任級の地位にいた人の血縁。つまりは子孫だと判断してる」


「えーと、その世界海底基地っていうのは?」


「まだ世界が海に沈み切る前に、仮に沈みきっても機能を損なわずに、そこで生活が出来る場所」


「……」


「もっとも、私も実物は知らないけれど」


シラマは呆気にとられたような表情だったが、白湯を一口飲んで、なるほど、と口を開く。


逆に、シラマの素っ気ない反応に対してオトの方が訝しがった。


「……こういうとなんだけど、私の言葉は多分、今を生きている人からすると相当滑稽っていうか、娯楽小説とか漫画……創作物語の類と思われても仕方ないし、そういう反応をされると思っていた」


オトは目を瞬かせる。


「シラマは、すごく落ち着いてる」


「ん、ああ、俺が落ち着いている、か……まあ……」


シラマは、オトの言葉に少しだけ目線を泳がせるが、「まあ、良いか」と呟いて席を立つ。


「じゃあ、その理由を説明するよ。他の人には内緒にしていることなんだが……だろうし、ちょっとついてきてくれ」


「うん」


シラマが立ち上がり、私室に入っていくとオトはそれについて行く。

シラマの部屋は大きな机とベッド、そして工具類が置かれた棚や、潜水服などの仕事の使う道具類を置くための場所があった。


机の上には薪が1つ置かれており、その傍らにはナイフが何本が置かれている。

ナイフの刃先はそれぞれ異なっていて、薪削られて何かの形が彫られようとしている……木彫りの彫刻が趣味なのか、とオトは思った。


「ちょっと危ないぞ」


シラマがオトに声をかけ、彼女が離れるとベッドに手をかけて一気ずらしていく。

ベッドの下には戸が隠されており、開けると下に続く階段があった。


「この下に見せたいものがある」


「これは私を地下室に監禁し」


「中は暗いからな、気を付けてくれ」


「わかった」


オトが頷くと、シラマは手にカンテラを持って、先行して降りていく。

階段は木製であり、立って歩くには心もとない程の急勾配のため、シラマもオトも手すりに手をやりゆっくりと降りていく。


途中、オトのことを気にかけてシラマは足を止めたが、アンドロイドだという言葉に偽りないのか、問題なくバランスをとって降りてきている彼女の様子を見て、そのまま下へ下へと降りていく。


そうして、地下に到着する。

暗く見通しが利かないが、代わりに解るものがある。


海の水の匂いがした。


「どうも、この灯台は地下が海につながってたらしい。なんでこんな作りなのか、理由は解らないけどな。親父は知らないって言ってた」


そう言いながら、シラマは地下の壁に備えつけられたランプの明かりを灯す。

光源はカンテラのみだった薄暗い場所が、新たな光を得て暗い部分を明らかにしていく。


「……!」


オトは、目を見開いて驚いた。



シラマの言う通り、そこには海水が揺蕩っていた。


光りに照らされた水面に、キラリと魚の姿が見えたところを鑑みれば、なるほど、この場所は本当に海につながっているのだろう。


だが驚くべき点は、そこではなかった。


オトの目を釘付けにしたのは、その海面に、



白色の船体。


全体は円柱状の形をしており、そこに様々なセンサー類を取り付け、機械腕ロボットアームを前方に4本生やした船。

機体は希少金属や旧世代の技術を駆使して製造された合金、アダマンタイトやオリハルコンで作られており、オトにも施されているのと同等以上の耐海加工すら施されている船。



オトはこの船のことを知っている。

旧世代末期、沈み始めた大地での作業や調査を行うために製造された船――第二二探査用潜水艦サブマリン:タートルだ。



「親父からは、代々受け継いできた船だって聞いてる。島の皆には内緒にしているけどな。親父もお袋も死んじまって、今は俺の持ち物ってことになるんだが……あんまり詳しくは話を聞いてなかったから、良くは解らねえんだけどな」


「悪いな」と言いながら、シラマは白い船体を眺めて、そしてオトへと顔を向けた。


「さっき、俺は血縁者だって言ってたよな、海底基地ってところの」


「うん」


シラマの問いに、オトは頷いた。


「これは基地が出来てから作られた調査用の潜水艇。それなりの地位にある人でなければ操縦することが出来なかった筈。それこそ、主任技術者級以上の」


「なるほど、じゃあ俺は……俺の爺さんよりも前のご先祖さんは、そこからこの島に来たのか、こいつに乗って来たんだろうな、なんか納得した」


シラマは大きく息を吐く。


「死んだ親父が言ってたんだ、俺たちは、この島じゃあない場所からやってきたと。それを人に言ってはいけないが、しかし忘れてしまうこともダメだと。

何かあった時にはこの船を使って解決しないといけないことが起きるかもしれない、それをやらないといけないのが俺たちの役目なんだ、ってな。

とはいえ、親父もその『解決しないといけないこと』が何なのかっていうのは知らなかったみたいだが……主任技術者っていうのがどういう人なのかは解らないが、まあ結構偉い人?なんだよな。そんな人間がやらないといけないことって言うのは……オトは何か知らないか?」


ちらりとシラマはオトを見るが、オトも首をかしげる。


「少なくとも、私はそういう情報を持っていない。私は飽く迄、未来に情報を託す……今の時代に、過去の知識とか技術とか、歴史が失われないように伝えるために

造られたから」


オトの言葉に、シラマは「そうか」、と頷いた。




ぐぐぐぐぐぐぐー!!と、まるで地響きのような腹の虫の音が響き渡ったのは、その時だった。





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