第7話 少女の言葉
人は、人の形をしていて言葉を話すなら、それが何であれ親近感を覚えるんだ。
特にそれが女性の形をして、女性の声であるならば猶更に。
例えば芋虫に変身してしまった人間の男の言葉には見向きもしないだろうが、女性の姿をした人形の自動音声には間違いなく共感するだろうよ。
歴史保存機関主任技術者のメモ——
◇◇◇
「なるほど、つまりオトは旧世代に作られて……人の形をしているけど本当は機械ってことなのか」
「厳密に言うならばいろいろと違うけれど、そういう理解で良い」
シラマはオトから
最初はオトが一から十まで、それこそ旧世代の歴史やら成り立ちやらルーツまでも説明をしようとしたので、それを遮って相当に圧縮して説明をさせたために、オトの顔つきは無表情ながらどこか不満げな雰囲気を漂わせている。
「だから、海底に生身で出ても大丈夫だと」
「そう、ちゃんと海に沈んだ場合のことも考えて身体が作られているから」
「うーん、すごいな……いや、そう言われても人間にしか見えないんだが」
シラマはオトの頭から足まで何度も視線を往復させるが、とてもじゃあないが彼女が機械だとは思えない。
そういう話をされた今ですら、この外見を見ると嘘ではないかと考えてしまうほど。
「先に説明したとおり、シラマたちのいう機械とは色々と違う。ただ、そういう風に表現したほうが一番納得がいくと思っただけ」
「うーん、そう言われてもな。本当に作り物なのか」
「ちなみにアンドロイドは人間と子供も作れる」
「は?!いったい何言い出す……ん?機械だろ?え、どうやって?」
「まずは私を仰向けに寝かせて」
「違うわバカタレ!!手順や作法を聞きたいんじゃないわ!!」
がっー!!とシラマが吠えたところで、ピピピ!とアラーム音鳴った。
シラマが腕につけている万能計器の時報である。
「っと、オヤカタが俺を回収しに来る時間だ。オト、ついてくるなら一緒に行こう」
「わかった、少しだけ待って」
オトは、自身が寝ていた箱の中から金属片一つ取り出し、それを細いワイヤーのようなものに通して首から下げる。
「準備完了」
「それは?」
「だいじなもの」
オトの言葉に、シラマはふうん、と声を上げる。
一瞥してそんなに大事そうなものには見えないのだが、言葉のとおりオトが旧世代のアンドロイドならば、シラマがアレコレと考えたところで及ばないだろう。
「入ってきた場所に戻れば良いのか?」
「そう、そうすると注水が始まるから」
シラマはオトと共に進んできた通路へ戻る。
ドアが閉じて、オトの言葉のとおり海水の注入が始まった。
(…………)
シラマは、自分の潜水服がしっかりと装着されているかどうか再確認し、海に呼吸器を装着してからも、オトの様子をチラチラと伺っている。
大丈夫だ、自分は機械だ――と説明をされたところではあるが、しかしやはり、見た目が生身の少女である以上は、それを受け容れられるかというのはまた別の問題であった。
……もっとも、海水が充満し水没した部屋の中で、オトがシラマの視線に気がつき、無表情のままダブルピースサインを返してきたことでそのへんの不安は霧散したが。
通水が終わり、外へつながるドアが開く。
変わらず光のほとんど届かない海の底で、シラマは暗視装置を作動させながら、隣に居るオトへ手を差し出す。
オトはシラマの手をぎゅっと握り、離ないようしっかりと掴んだ所で、シラマは推進装置を起動して海面へと向かっていった。
◇◇◇
「そういうわけで、連れてきた次第です」
「いや、そういうわけ、って言われてもな……イテテ……」
シラマはオトと共に、オヤカタの操舵する船へと戻ってきていた。
最初にオトの姿を見たときは、2度見どころか3度見4度見を行い、何か人の姿形に似た新種の深海魚を採ってきたか、あるいは
シラマは親近感を覚えつつも、やっぱそうなるよなあと一人で納得している。
「おお。なるほどGPS機能が停止したから……このあたりのシステムは変わらなくて……」
当のオトは、オヤカタへの挨拶を済ませた後に、許可を得て操縦席を観察していた。
旧世代と比べて今の技術がどの程度進歩、あるいは退化しているのかを確認するためだ。
「俺も最初に会ったときは半信半疑でしたけど、ただまあ、実際潜水服なしで海底からここまでやってきたんで……」
「うーん、じゃあアンドロイドだって言う話は事実か……」
そんなオトの様子を、尻目に見ながら、オヤカタは思案顔になる。
一応、オヤカタがオトに許可を出すにあたって運転したり機器を触らないという約束をしていたが、オトはちゃんと守っているため、ある程度は彼女のことも信用してくれた様子だ。
「だとするとなぁ……この話、あんまり大っぴらに話さないほうが良いと思うぞ」
「え?何でです?」
「何でって、お前よぉ……」
オヤカタの言葉にシラマが首を傾げる。
しょうがないなぁ、とオヤカタは、指折りしながら話を始めた。
「まずはアンドロイドっていう存在の希少性だな。厳密には違うって話だが……まあ、おおよそ機械のようなものだって言うなら、まず間違いなく技術屋連中はオト嬢ちゃんを調べたいだろうし検べたいだろう。嬢ちゃん本人がどう思うか関係なくな。間違いなく大混乱になる」
「まあ、それは確かに」
技術屋は、個人差や熱意の大小はあれど、未知の技術や旧世代の失われた技術に関しては非常に貪欲だ。
シラマはチェサピークのことを想像するが、たぶん彼女もオトの正体を知れば興味を持つに違いないだろう。
しかもアンドロイドなど、今までオヤカタですら聞いたことも見たこともない存在だ。
島中の技術屋が仕事を放り捨ててオトのところに馳せ参じて詰め寄ってきてもおかしくない。
そうなればもう海底漁りも漁師も仕事が出来ない、メンテナンスもなしに海に行くのは危険極まりないからだ。
「そんでもう一つが、島外の話だな」
「島外?」
シラマたちが住む
そういった島とは頻繁ではないにせよ、ある程度の交流……例えば文化や技術の交流だとか、資源や食料の交換などが行われているのだ。
それ以外にも島外から来る人間は色々居る。決まった島に住まずに、超大型船で流浪の旅をしている集団や、旅人や冒険家、そして……
「アンドロイドの話なんてしたら、間違いなく島中に広がるだろ?そうすれば島外から来た人間の耳にも入るし……海賊が聞きつけるかもしれん」
「海賊……俺は会ったことはないですけど」
海賊というのは、島や超大型船を襲って資源や食糧を奪い取る略奪者たちのことだ。
元は犯罪者の子孫であったり、あるいは島で罪を犯し海へ逃げた流民であったりと様々だが、何もかもを奪っていく厄介者である。
「まあ例えば、の話だけどな。そんな連中の耳に入れば俺たちの島に海賊がやってくるかもしれんし、そうでなくても島外から来た素行の悪いやつが、オト嬢ちゃんを攫っていくかもしれないだろ?」
「……黙っといたほうが良いですね」
「おう、まあとはいえ、生活する上で誰にも何も伝えないんじゃ支障が出るだろうからな、話す相手は選んどけ」
「はい……ん?生活?」
シラマは頷いた後、なんだか妙な違和感を感じて尋ねた。
生活とは?
「え、シラマお前、オト嬢ちゃんを連れ帰って一緒に住むんだろ?」
「そうです」
「そうです、じゃないだろ唐突に会話に割り込むな!!」
いつの間にか2人の間に立ったオトがオヤカタに返事をするが、シラマが否定する。
「いや、冗談じゃあないぞシラマ。考えてみろ。このままオト嬢ちゃんを連れ帰ったとして誰が面倒見るんだ?悪いが俺は無理だぞ、かあちゃんも息子も娘もいるからな。そうすりゃお前しかいねえだろ」
「う、それは、まあ確かに……」
オヤカタの言葉にシラマは唸る。
実際問題としてオトをこのまま連れ帰っても、彼女には生活の基盤はないのだ。
今日初めて出会ったとはいえ、身寄りもない女の子を放り出して見なかったことに出来るほど、シラマは非道な性格をしていない。
「まあ、まだシラマは婚約前だからな。確かにそんな状況でオト嬢ちゃんを連れ込んだら誤解されちまうかもしれんが……」
「私は子供産めるから大丈夫」
「なら大丈夫か、アンドロイドって凄いな」
「大丈夫じゃあない!!」
再び吠える。
島内の習慣として、未婚かつパートナーが決まっていない男女は、一定の年齢になったところで
シラマもまた、年齢的にそろそろ時期が来ていた。
「まあでも、婚約してないなら差し当たりの問題はないし、当面はオト嬢ちゃんは受け入れてやれよ。それと、もし意中の子がいるなら婚約なんて待たずに自分からグイッ!と
「うっ……そうっすね、わかりました……」
「大丈夫シラマ。好きな人の情報を教えてもらえれば、私がその人の人格を模倣する。それなら問題ない」
「問題しかないわ!!」
そうして騒がしくなった船に乗り、3人は島へと戻っていく。
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