第6話 記録の少女

ボイスレコーダーなんかよりも、ナビゲーターは女の子の方が良いだろう?



歴史保存機関主任技術者のメモ——


◇◇◇


「女の子……?」


シラマは、箱を覗き込みながら再度つぶやく。

何か見間違いではないか、と確認するように呟いた言葉は、しかし、事実であることを追認する結果に終わる。


旧世代の箱の中に居たのは、ひとりの少女だ。


黒く長い髪をもち、小柄な体躯。

白いワンピースドレスを身に着けているが、それは魚の鱗のような光沢を放っており、今まで島では見たこともない素材でできている様子だった。


少女は目を閉じていて、胸で手を組んでいる……胸は控えめながら膨らみがあった、これがシラマが彼女を「女の子」と称した理由であるが……その様子は、眠っているというよりは、これから火葬される前の棺の中の死者のような姿であった。


「女の子、だよな……え、なんでこんなところに?」


再度確認した上で、それがやはり、動かしようのない事実であると理解したシラマだったが、すぐに思考は疑問で埋め尽くされる。


海の底にいるならば海底漁りルーターなのかと思ったが、基本的に海底漁りは男性がやる仕事だ。

女性にも海女という海に潜る仕事があるが、そちらは浅い地点で海藻や貝類の採取が中心であり、ここまでの水深に来ることはない。

仮に海底漁りの女性ならば、物珍しさで有名になるはずだが、シラマは噂話の一つすら聞いたこともない。


いや、そもそもまず、何故この箱の中で彼女が眠っているのか、だ。

旧世代……まだ大地がこの惑星の地表を3割も覆っていた時代においては、海底に居住空間を作り、水の音を聞き海底の景色を楽しみながら生活をするという金をかけた娯楽があったそうだが、まさか今の時代にそんな酔狂なことをする人間は勿論、技術すらない。


……と、そこまで考えたところでシラマはふと気がついた


「この女の子……眠ってるんだよな?」


彼女は未だ、起きる気配を見せない。

胸元に目を移す……男の性質さがかどうしても膨らみに目が行ってしまうが、意志の力で強引に目を凝らす……が、胸の上に組まれた手が邪魔してか、上下に動いているかどうか……呼吸しているかどうかは目視では確認が取れない。


……ひょっとして、死んでる?

そうすると、この場所は旧世代の墓場か何かだったのか……?


途端に、シラマの背筋に冷たいものが走る。


海底漁りとして、旧世代の営みの残骸を引っ剥がしては仕事をしている身なので偉そうなことは言えないが、しかし墓荒しのような真似まではするつもりはない。


が……しかし、こんな所で寝ていると考えるよりかは、そう考える方が自然に思えた。

死体だとして腐っていないのは、何かしら旧世代の防腐加工エンバーミングが施されているのかもしれない。


「……か、確認するか」


十中八九、死体なんだろうと思うが……とは言え、このまま放置して立ち去るという気にはならなかった。


念のため死体であることを確認し、その上で再び箱の中に戻して立ち去ろう。

そう考えたシラマは、緊張と恐れからか、喉が渇いてひりつくのを感じながら、恐る恐ると少女に近づいていく。


胸に耳を押し当てて心音がなっているかどうか確認するのが一番だろうが……流石にそのような勇気は二重の意味で存在しないので、組まれた手をそっと握り、目を閉じて脈の確認に集中する。



……やはりというべきか、脈は感じなかった。



ふぅ、と息を吐き、シラマは目を開けて、そっと少女の手を元の場所に戻そうとした。



そして、




「うぉおおおぁぁぁぁ?! アッ!!イッテェェ?!」


ズデェェン!!

ガラガラガシャン!!


シラマはこのとき、人生でも一二を争うほどに驚愕していた。

明朝に喚く鶏のような凄まじい大声で悲鳴をあげ、そしてその場から一刻でも早く逃げ出そうと体をバネのように伸ばして跳躍しようとした。


しかし、シラマはただでさえ重い潜水服を身にまとっており、それが地上であれば歩くのも中々大変なのだ。

当然、バランスを崩して転倒し、強かに身体を床に打ち付ける。


「いってぇ……」


「大丈夫?」


「ああ、うん、ありがとう……イテテ……」


シラマはなんとか立ち上がる……そして、シラマをじっと見つめる少女へと目を向ける。

彼女は、いつの間にやら箱の外へと出てきて、転んでのたうち回っていたシラマの近くにまで移動して来ていた。


「? なに?」


「いや、何と言われても、それはこっちの台詞というか、なんというか」


少女は、シラマの言葉に無表情なまま首を傾げている。


目は大きく、瞳はまるで海底の底の底のように真っ黒で、じっと見つめていると吸い込まれそうな錯覚を覚えてしまうほど。


背はシラマよりも少し低い……が、男性であり海底漁りとして身体を作っているシラマと比較してそれならば、女性としては背が高めになるだろう。

身にまとった白いワンピースドレスは、彼女が身体を動かすたびにその魚の鱗のような光沢を輝かせ、それはまるで、人魚の尾のようにも見えた。


「私の個体名称は、オト」


「うん?」


「だから個体名称……ああ、えっと、名前。私はオト。あなたの名前は?あなたは、世界海底基地の人じゃあないのね」


「えっと、俺はシラマって言うけど……はい?せかいかいて……何だそりゃ?」



聞き慣れない単語に首をひねるシラマを見て、少女は眉をひそめる。

オト、と名乗った少女は少し虚空を見上げ、瞬きを数度した後に、うーんと唸った。


「周辺環境の変化記録を確認……この辺りが海に沈んで年月が経っているし、風化してる……うん、それは想定通り。ただ生体認証は間違ってないはずだけど……それなら想定のHプラン引用で……」


「ええっと……なんかあった?」


突然虚空を見上げてブツブツと早口で呟くオトに得体のしれない恐怖を感じ、堪らずシラマは声をかけた。


オトは、うん、と一つ頷くとシラマを見据える。


「今の状況を把握しようとしていたの……今はシラマはどうやって暮らしているの?」


「?どうって……島で暮らしているんだ。俺は海底を漁って、旧世代の残骸とかから使えそうなものがないか拾っているんだけど」


「なるほど、そういう……シラマ、お願いがあるのだけど、私を連れて行ってくれない?置いていかれたら泣く。すぐに泣く。ここで泣く。大声で泣き喚く」


「なんだその脅し文句は。それは良いけど。さすがに海の底に女の子残して立ち去るとかはしないよ」


状況がよく飲み込めないシラマだが、オトを連れて戻ることには異論はなかった。

今こうして呼吸をして言葉を交わしているから忘れてしまいそうだが、ここは海の底なのだ。


何が起きるか分からない場所に、初対面とは言え少女を残して立ち去るつもりなど毛頭なかった。


「有難う素敵好き、抱いて」


「お、おう……はや?!二重の意味で!!」


無表情なまま、いきなり高速で抱きついてきたオトを、シラマは強引に引き剥がす。

反応できない程に早かったのだ。


「何故拒む。私のデータでは男性は最初から好感度ックスのヒロインを好む筈」


「何の話をしてるんだヒロインってなんだ……ところで、連れて行くのは勿論構わないが、潜水服って持っているか?」


シラマは部屋の中を見渡すが、それらしい装備は見当たらない。


「知ってると思うが、ここは海底だからな。潜水服もなしで生身で出てったら危険だ。必ず戻ってくるから、いったんここで待ってもらって良いか?潜水服を持ってくるから」


「大丈夫、問題ない」


オトは腰に手を当てて胸を反らし、表情を動かさずにむふー、と息を吐く。


「私はこのままでも海に出られる。耐海加工はバッチリ……海峡を徒歩で渡りきったパフォーマンステストもしている」


「いやいや何いってんだ無理だろ、人間海の底で生身で出られるようには、身体ができてないんだよ」


シラマはオトの言葉を聞いて怪訝な表情を浮かべていたが……同様に、オトもまた怪訝な顔つきになった。

どうにも会話がかみ合っていない……致命的で根本的なところで何か勘違いをしているような。


ああ、とオトがその勘違いに気が付き手を打つ。


「それはそう。人間は海の底では生きられない」


「当たり前だろ、だからオトに潜水服を……」


「私は大丈夫。私は人間じゃない」


オトは、初めて笑顔を浮かべる。

万人が可愛らしいと表現するだろう、理想的で理論的で完全に計算された笑顔を。


「私は汎用人型情報装置……アンドロイドだから」


「……え?」


ぽかん、とした表情になるシラマ。

そして彼は、少しの時間を開けて、恐る恐る口を開く。



「アンドロイドって何?」


「そこから説明が必要?」


今度はオトが声を上げる番であった。

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