第36話

「――――いいんですね?」


「はい、宜しくお願いします」


「分かりました。あとはこちらにお任せ下さい」



話しが終わったというのに、事務所のソファから立つ様子のない俺を不思議そうに見つめる賢明そうな瞳が視界に入る。


俺は、彼のネクタイのあたりに焦点を置きながら一つの質問をした。



「親、失格ですよね。自分の息子だと思って愛していました。でも、妻の裏切りや血の繋がりなんかで気持ちが醒めてしまいました。こうやって子供を手放す父親って、他にもいましたか?」


「――――大丈夫ですよ。血の繋がりがあっても親権を放棄する親なんてごまんといるのです。あなたは蓮人君を思いながらそうやって涙を流せるのですから、失格なんてことはないですよ」



言われて初めて自分が泣いていることに気がついた。


離婚届けが入った封筒は左手で強く握ったせいでぐしゃりとしていた。



震える手でテーブルに置かれた煙草を一本持ち、火をつける。



「ゴホっ!ゴホっ!」



蓮人ができたと報告を受けてからずっと禁煙していた煙草。


久々だから咳き込むのか、涙が器官に入ってしまってむせるのか?


苦しいけど火は消さない。呼吸するように煙草を吸い続ける。


流れてくる涙を啜りながら、煙草の煙を肺いっぱいに詰め込み、どんどん押し寄せてくる虚しさを和らげようとしていた。

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