第3話
目の前に、古ぼけた一冊の絵本が置かれた。表紙は日に焼けて黄色くなっているし、カバーも何度もテープで直した後が見れた。
「……見覚えは、ありませんか?」
「見覚え?」
目の前に座る龍哉さんはいやに慎重だ。私が絵本を手に取る。開くと、一ページポロリと転げ落ちた。タイトルが書いてある、…『勇気のプリンセス』だ。
一枚一枚、それこそ慎重にページを捲った。少しでも下手に力を入れると、背表紙から紙が取れてしまいそうだった。私の頭のてっぺんに、期待に満ちた視線が当たる。それがむしろプレッシャーだ、何も思い出せなかったら、意気消沈どころではすまないのではないだろうか。
物語のこうだった。
あるところに、お淑やかという言葉から随分離れた勇猛果敢なプリンセスがいた。ある日、プリンセスは悪いドラゴンに捕らえられたプリンスがいるという噂話を聞き、プリンスを助け出すことを決意する。
魑魅魍魎の山を越えて、ようやっとプリンスが幽閉されている塔にたどり着き・・・
「…逆じゃん」
そうだ、普通は『捕らえられたプリンセス』を『勇気ある王子』が助けに行くのが王道で、この世の常であるはずだ。
「私も、11年前同じことを思いました」
「11年前?」
「ええ。11年前のあの日、私は仕事で…ある、取り返しのつかない失敗をしました。自暴自棄になって、死のうかどうか迷っているところに、この絵本を持った女の子が現れたんです」
「…11年前」
記憶を遡っていく。11年前、5,6歳の私がそこにいるはずだ。
『おにーさん、』
耳の奥に、小さな女の子の声が聞こえてくる。私は、この言葉の続きを知っている。
「…お兄さん、とても綺麗なおめめね」
「…はい!」
顔をあげると、キラキラ眩しい宝石みたいなエメラルドグリーンが私を見る。その目を見ていると、ジェットコースターに乗ったように、私は11年前の記憶に勢いよく傾れ込んで行った。
『おにーさん、とてもきれいなおめめね』
『え?』
『ほら、えほんのおうじさまみたい』
私は、どこに行くのにも『絵本』と一緒だった。よっぽど気に入ってたのか、それとも、親がプレゼントしてくれた数少ない手放したくない宝物の一つだったのか、今では分からない。
その日は、いつもの公園にいた。友達と遊んでいる中、ベンチにポツンと肩を落として座る『おにーさん』が気になってしまった。そして、不用心なことにその『おにーさん』に声をかけた。
顔をあげたお兄さんの目は、今目の前にある瞳と同じ綺麗なエメラルドだった。
『王子さま?』
『うん、ほら、みて』
お兄さんに絵本を渡す。お兄さんは、1ページずつゆっくりと読んでいった。
『これ、逆なんだね』
『ぎゃく?』
『王子様と、お姫様』
『そうだね、でもすてきだとおもう』
『素敵?』
『うん、わたしもね、このプリンセスみたいにかっこよくなりたい』
『……かっこよく?』
お兄さんは、苦笑した。ただあのころの私にはその感情が上手く理解できなくて、お兄さんは嬉しくて笑ったんだって思った。
『うん、プリンスをたすけにいくプリンセス』
『…君は、もう立派なプリンセスだよ。絵本と同じのね』
『ん?』
龍哉さんは本を閉じる。どうして、あの時の絵本が今ここにあるのか、そこまでは遡りきれなかった。
「私は、貴女に救われた。あの時の私は紛れもなく、捕えられたプリンスでした
「…それだけで?」
「陽の光を浴びる貴女が、まるで宝石のようにキラキラ眩く見えました。…私は、貴女のこれからが豊かで眩いものであるように祈りをささげてきました。この11年間」
「はあ」
「貴女は、想像通り美しい女性に育った。それも、学校で「王子」ともてはやされるくらい、頼もしく」
「はあ…ちょ、ちょっと待って、ください」
「はい、待ちます」
「……もしかして、考えたくないんですけど、もしかして今までずーっと私の事、み、見てました?」
「ええ、もちろん」
「えー…」
絵本一冊分遠ざかると、慌てた龍哉さんが弁解を始めた。
「別に、どうこうしようというわけではなかったんです!あのときまでは!」
「…あの時、というと。やっぱり」
「ええ、貴女の父親の借金癖です。その時私は思ったんです」
「…」
これから先の言葉がちょっと怖くて、また一冊分遠ざかる。そんな私に気にもとめず、龍哉さんは自身の胸に手を置いて、しみじみと言った。
「私が、プリンセスになって、貴女と言うプリンスを助けに行こう、と」
ねえ、やっぱり逆じゃないかな?
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JK王子とヤクザ姫 indi子 @indigochan
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