第2話
自称・どこにでもいる普通の女子高生から、ラッキーなのかアンラッキーなのか……第三者による評価を求める女子高生になってしまった。
「あら、やっぱりお似合い」
「姫乃様は身長が高いから、どんなものでもよくお似合いです」
「でも、少し裾が短いかもしれませんね」
「それはいけない。明日すぐ百貨店から外商を呼びましょう…反物と帯と、あと洋服もあった方がいいですよね。姫乃様、好きなブランドなどはございますか?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
話を整理したい。
本日午後7時、部活から帰宅すると家には借金取りのハゲとガリの二人組。その間に縮こまるアホボンクラクソッタレ親父がいた。どうやら、私が帰宅するまでの間、このアホ親父が積みに積み重ねた借金を、この私をカタにして返済しようとしていて…ついに、実の父親にまで捨てられていたのだ。
このハゲとガリが無理やり私を手籠め(思い出したくもない)しようとしていた時に、後光を纏ったこの人…エメラルドの瞳を持つ世間一般でいうところのイケメン、が現れた。そして、今まで見たことのないくらいの現金と引き換えに、私を『買った』のだった。
「…ありがとうございます」
この人は、苦しいくらいに私を抱きしめていた。親にもこんな力強い抱擁はされたことがない。何度も深く呼吸すると、うっすらとコロンの香りが鼻腔に届いた。春の花の匂いみたいだ。
「本当に無事で良かった」
「…でも、お金」
「気にしないでください、私が貴女を買っただけですから。キャッシュで」
「…はい?」
「現金なんて、久しぶりに使いました。さあ、参りましょうか、私のプリンス」
「きゃっ!」
軽々と私を、所謂お姫様抱っこで抱き上げる。
「ちょ、ちょっと…!どこに行くんですか?!」
「私の屋敷です、もちろん」
「どうして?!」
「どうしてって…今貴女の所有権は私にあります。私は、私の持ち物を手の届く範囲に置いておきたいだけですので」
驚いて顔をあげると、深緑の瞳に私が映る。それに気づいたのか、瞳はエメラルドグリーンに変わりにっこりと微笑んだ。
私を抱いたまま、大股で玄関に向かっていく。外に出ると夜中でも光っていると分かる黒塗りの車が停まっていた。運転手がすかさず後部座席のドアを開ける。
「手荒な真似を、申し訳ございません」
ふかふかのシートに私を置いたその人は、私の横に滑り込むように座った。
「あの…」
「出せ」
「はい」
グン、と車は急発進をした。生家がすさまじいスピードで遠ざかっていくことだけが分かった。
「あの」
「何か?」
「家に、帰して下さい」
「それはいけません」
「でも、」
「後処理なら、部下が行うので問題なく。貴女の父親の債権を私が買ったので、彼はこれから私に借金を返済していくことになります…前よりも倍以上に膨れ上がっていますが」
「…」
「返済がすべて終了するまで、まあ…貴女は私の元で、私と寝食を共にすることになります」
「……なんでも、します」
「ん?」
喉からは、搾り取った残りかすみたいな声しか出ない。
「体で払えと言うなら、嫌って絶対言いません。この際、フーゾクに落としてくれてもいいです」
「プリンス、何を言って」
「何でもするので、お家に返してください」
ポツンと涙がスカートに落ちる。まだ16歳だ、私を売ろうとした世間一般ではダメダメなクソ親父でも、やっぱり、父親が恋しい。それに、いい子に待っていたら、お母さんも帰ってくるかもしれない。だから、私は家を離れちゃいけないんだ。
「それはできません」
「どうして?!」
「私には貴女が必要なんです、プリンス」
「だから、そのプリンスって何なんですか!」
学校ならともかく、初めて会うような人に「王子」と呼ばれる筋合いはない。声を張り上げて顔を見上げると、そこには、とてもショックを受けた表情があった。
「え…?」
「しまった…覚えていないとは思わなかった」
「…何が、ですか?」
「…私は、一度あなたに救われたことがあるんですよ。プリンス」
大きな手が私の頬に触れる、その親指の腹は頬を伝う涙を拭った。
「…救う?」
「だから、私は何が何でも貴女を幸せにする義務がある」
そういって、この人は優しく笑うのだった。
「屋敷に着いたら、すぐに着替えを致しましょう」
「ご用意はできております、若」
「…着替え?」
「その姿は、あまりにもセクシーですよ、プリンス」
下を向いて、自分の姿を確認した。ブラウスのボタンは全てはじけ飛んでいて、下着が丸見えだ。私は肩にかけられたスーツで胸を隠す。それでも余るくらい、大きな背広だった。
◇◇◇
「すいません、離れの改築が思ったよりも遅れてしまっていてまだ貴女の部屋はご用意できていないんです。ですので、今しばらく客間でお過ごしください。あ、ご自宅から必要なものがあれば取ってくるように連絡を…家具そのまま持ってきた方が早いか。そのようにしておきます。そうそう、この者は時枝と申します。姫乃様の身辺のお世話を致しますので、何かあればすぐに時枝にご相談ください。」
「時枝と申します、お嬢様」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
整理してもいまいち頭の中は綺麗にならない。もう思考回路はキャパオーバーしているらしい。
立派なお屋敷に着いてすぐ、私は奥の一室に詰め込まれ、一気に着物に着替えさせられた。息も詰まって、なおさら鈍くなってきた。
あの人は私の目の前で、正座をしてかしこまっている。立場はこの人の方が明らかに上なはずだ。
「いかがされました、プリンス」
「あの…まず、一つ」
「はい!」
「お名前、なんていうんですか」
「…名前?」
「あれま、若、お嬢様に名前も名乗らず…とんだ失礼をいたしました」
「あ、ああ…ははは、舞い上がってしまって忘れてました。私の名前は、橘組次期当主、橘・L・龍哉と申します」
「橘組?」
「ええ。ご存知ですか?」
知ってるも何も、橘組と言ったらここら一帯を〆るヤクザの名前じゃないか…。
どうやら私をヤクザから買ったのも、ヤクザらしい。
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