1 借金のカタって私ですか!?

第1話

どこにでもいる、女子高生だと自負している。少しばかり他の女の子より背が高くて、男顔なもんだから男子より女子にモテる、女子高生。あだ名は『王子』。それが私だ。


 ちょっと変わったところと言えば、ボンクラアホクサクソ親父こと実の父親の借金癖がひどく母親ですら私を置いて遁走したことと、今まさに、父が借金を繰り返していた闇金の取り立て屋が、私を品定めしようとしている事だった。このボンクラアホクサクソ親父は、借金の代わりに私を差し出すことに決めたらしい。


 恐怖のあまり声が出ない、ということは本当にあるらしい。『身の危険が迫った時は、大きな声を上げて助けを求めましょう』と小学校の頃から繰り返し教わっているが、喉がカタカタ震えて、声にすらならない。それに、声を出しても誰も助けてはくれないだろう。ボンクラアホクサクソ親父だって部屋の隅っこで震えている。身を守ることに必死だった。


「おら、早う服脱げや」


 ハゲのヤクザがそう言って私に詰め寄る。シャツの合間から見えるのは、刺青と言うやつか。

 私は首を振った。声が出なくても、首は動いた。

 もう一人のやせた方のヤクザが、私の頭を掴んで無理やり上を向かせる。


「顔はええな、これはようさん客がつく」


「問題は体やな…何かガリガリに見えんな…」


「それをこれを確認するんやって、おら、俺らが優しい内に脱げや。嬢ちゃんも痛い思いしたないやろ? それとも、無理やりされんのが好きか? とんだどスケベやな」


 やせた方が私の後ろに回り込み、体を守っていた腕を羽交い絞めにする。ハゲの方がゆっくり歩み寄って、制服のブラウスを思いっきり引き裂いた。


「…っ!!」


「ちっさい胸やな~」


「…うるさい!離せ!」


「何や、威勢はまだ残ってたんか…でも残念やな、お前もう売られるん決まってるんや」


 どこにでもいる女子高生だった、はずだ。このままフーゾクに沈められるなんて、たまったもんじゃない。でも、どれだけ体をよじっても、逃げられそうにない。

 

 心の中で助けを求める。



 何に?



 物語の中の、王子様はどこにもいない。そばにいる父親は何の役にも立たない。私は自分の運命を呪うしかなかった。ギュッと目を閉じる。ハゲの気持ちわるい手が、お腹からねっとりと胸に上がってきた。下着に指が触れた時、バンっと大きい音が聞こえて光が指した。


「誰や!」


「いいとこ邪魔すんなや!」


 恐る恐る目を開ける。目の前には仕立てのいいスーツを着た人が立っている…。大きめのアタッシュケースを片手に、私たちを睨むように目線を下げていた。その目の色は、日本人からかけ離れた、エメラルドのように緑色をしている。


「大の男2人掛かりで、そんな幼気な女性に暴力とは情けない」


「うっさい、こいつはもう俺らが買うたんや」


「いくらで?」


「へ?」


「彼女の値段だよ…いくらしたのかな?」


 ハゲのヤクザは、ちゃぶ台に置いたままだった借用書を見せつけた。1,500万も借金してやがったのは今日初めて知ったことである。



「この程度か。お前らは彼女の価値を分かっていないようだ」


「は? 何言うとんのや」


「好きなだけ持って行くがいい。彼女を買うのは、この俺だ」


 そのスーツの人は、アタッシュケースを開く。その中には、帯で止められている大量の現金が敷き詰められていた。



「ほら、持って行け。そして二度と彼女の目の前に姿を現すな」


 ヤクザ二人はアタッシュケースごと抱えていった。体が解放された私は、ぼんやりとあれは総額いくらしたんだろう?と考えていた。思考回路が上手く回らない。

 クソ親父はへっぴり腰で、私に近づいてくる。それよりも先に、スーツの人がその上着を脱いで、私の肩にかけた。



「間に合ってよかった」



 酷く安堵したように笑う。その端正に整った顔立ちと、その笑顔に心当たりはない、一切ない。麻痺した思考回路でどれだけ記憶をさかのぼっても、ない。

 しかし、その人はそのままスーツごと私を抱き寄せて強く強く抱きしめた。『良かった、良かった』と耳元で何度も繰り返される。



「あの…」


「はい?」


 『どちら様ですか?』と聞くのも、失礼だと思った。私は頭を下げて、『ありがとうございます』とまだ震えが残る声で告げた。

その人は、私の左手を取った。そのまま、リップ音を立てて手の甲にキスをした。…キスをした?



「当たり前です、私のプリンス」



 宮原姫乃、17歳の女子高生。あだ名は『王子』。しかし、こんなイケメンにまで『プリンス』呼ばわりされる筋合いはありません。意味わかんない。

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