妹来襲とボヤ騒ぎ

 次の日、妹が来たのは昼前だった。


 どうせ大したもの食べていないんだろうと買い物袋を引っ提げて来訪し、台所に買ってきた食材を広げると、早々に料理を開始した。


 挽肉、玉ねぎ、パプリカを刻んでフライパンで軽く炒め、5分ほど茹でる。固形のルーを入れて混ぜたら、あっという間にキーマカレーの完成。夏こそ熱いもの。なかなか美味しいです。


 5分で1杯目を食べ終わり、2杯目をよそる俺に妹は満足げな表情をしていた。カレーを食べた後は別段何かするわけもなく、近況を報告し合ったり、テレビゲームでゾンビを殺しまくったりと実家の時と同じように過ごしていた。


「はやにぃ、彼女できたー?」


……今はいないな。


「今はって、できたことないじゃん」


……知り合いはできた。


「どこで?」


……バイト先と、あと、昨日図書館で?


「おー。図書館でボーイミーツガールなんていいね。可愛かった?」


……すれ違ったときにちらっと見ただけだったけど、超綺麗だった。


「え、知り合いじゃないの?こわっ。ストーカー予備軍じゃん」


……実の兄にそこまで言う?


「はやにぃ、モテないもんね~。身長が特別高いわけでもないし顔も普通?話は割と面白いけど、私にしかウケないような感じするし」


……妹にしかウケない面白さってなんだ。


「そんなパッとしない兄のために買ってきましたー。見た目から攻めるのは諦めて嗅覚から攻めていくスタイルで」


 つぐみが持ってきた買い物袋から取り出したのは、小さな小瓶に入った香水だった。


……お、マジか。さ、さんくー。


 小さなサプライズに驚いて舌足らずな感謝となってしまった。この気遣いこそが、恋人ができたことのある人間とそうでない人間の違いか。落として落として落としてーからのー、最後に上げていくスタイル。これまでの会話も全て布石だったか、パリピな諸葛孔明め。


 キャップを開けるとスプレータイプになっており、手首に軽くかけてひと吸い。

 

……うーん、ミントな匂い。爽やか系お兄に変身か?


「きもちわるっ」


 最後の最後で落としていくスタイル。

テレビを見ながら、のんびりだべっていたが、飽きてきたのか妹は部屋を物色し始める。1人暮らし宅に遊びに来たら、やっぱガサ入れでしょーと言って楽しそうに棚や衣装ダンスを引っかきまわしては、


「この服たまむらで買ったやつ?だっさーい。バイトしてるんだからさ、セレクトショップで買おうよ」


 俺のファッションを品評する妹。


「ドクロのネックレスって……。中学生ですか?」


 妹ちゃんの止まぬ辛口レビュー。


「はやにぃタバコ吸うの?」


 妹は棚の上に置いてあったライターを見つけて訝しげな視線を送ってきた。バイト先の城先輩からもらったライターだった。ロールを回転させて着火させるタイプのもので、城先輩がタバコを吸う時に見た、ライターを着火させる仕草と揺らめく小さな炎に魅了されてつい貰ってしまったものだ。


……たまに部屋の中で付けたり消したりをしている。タバコは吸ってない。


「え、中学生ですか?」


……すいません。


 散々詰ってきた妹もなにやら楽しそうにライターを付けたり消したりをし始めた。なんだ俺と同類じゃないかと鼻で笑った直後だった。


 指先に着火した熱が当たって、ライターが妹の手から零れ落ちる。

 

 火を放ったままのライターはテーブルに上にあったティッシュに引火し、一瞬で小さなキャンプファイアーへと開花する。


――――――――あ。


俺も妹も状況が飲み込めずに身体が硬直した。


――――――――み、ず?…………かけ、ないと?


 水を入れる容器がパッと思いつかない程度には頭が混乱している。頭の中が真っ白になるとはこのことだろうと感じた。あまりの衝撃に脳内が白で埋め尽くされて身体も動かない。それはつぐみも同じだったようだ。


「ご、ごめ…………なさ、」


 消火活動よりも謝罪が先に出てくるあたり、妹もかなり混乱している。小さな炎が放つ熱に対して脳内は冷え切っていて痺れている。思考が働かない。


……………………フライパン……鍋ッ!


 亀の速度で頭が働き始め、台所に向かおうとしたそのとき、テーブルの上に置いてあったプラスチックの容器が宙に浮いて逆さまになり、中に入っていた大量の麦茶が小さな炎にぶちまけられた。無事鎮火して空き容器が床に落ちる。


 誰よりも冷静だったのは同居人だったようだった。


「さ、さんくー……」


 動転して思わず口から出てきた舌足らずな感謝の意。

 その後、妹の悲鳴がアパート中に響き渡った。


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 被害といえばテーブルが多少焦げ付いたくらいだった。麦茶で濡れたテーブルと床を拭いている間、妹はこれまで経験がないであろう心霊現象に身体を震わせていた。


 一旦部屋を出て行ったらと提案するも、一人になりたくないと即時却下。


「ホラー映画では1人になった人間から殺されるのが定番だから、無理!ていうかこの部屋、曰く付きの物件?ずっとこんな事が起きてたの?隠してたの?」


 気味が悪い、気持ち悪い。私にはとり憑かないでという妹の散々な物言いに対して、助けてもらったくせにと俺は内心腹が立ち始めたが、口には出さなかった。


――こいつも同じ人間なのに。ただ死んでいるというだけなのに。


――こいつの事何も知らないくせに。


そう言いそうになったが、自分自身、同居人の素性を一切知らないことに気づいて自分を思い切り殴りたくなった。


 妹帰宅後、CODEですぐにメッセージが飛んできた。


『オカルトに詳しい友人いるから今度相談してみる』


 それから3日後の、


『明日また来る』


というメッセージで、妹の行動力とスピード感に脱帽した。相変わらず相手の都合を聞くことすらしない強引な対応も格好良いと彩られるほどに。

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