4-07
翌朝、克巳さんからの連絡はなかった。午前中の授業が終わり、昼休みになっても音沙汰はないままだった。
「東堂さん、大丈夫かな」
「麻酔から覚めたら電話をしてくれるはずなんだけどね」
ぼくと有賀は窓際の席で額を寄せ合い、なんとなく小声になって東堂さんの身を案じていた。
「こっちから電話をしたらだめなの?」
「東堂さんのお兄さん、スマホも携帯も持ってないんだって。病院には公衆電話があったから、ぼくの電話番号は伝えてあるんだけどね」
「電話だと授業中にはかけられないから遠慮してるんじゃないの」
「それはそうだと思うよ。でもこの時間なら昼休みなのは確実だしなあ」
ふと視線を感じて振り返ると、女子グループの三人がさっと目をそらした。いつもの馬鹿話には何の関心も示さないけれど、ひそひそ話は気になるのだろう。
とりあえず、放課後になったら病院へ行ってみようということにして、この話題は打ち切ることにした。
「え、まだ目が覚めないんですか」
「手術は上手くいったし、麻酔の量とかも再確認したけど問題ないとのことでしたが、なぜかずっと意識が戻らないんですよ」
東堂さんが眠るベッドの横で、ぼくと有賀は克巳さんからの説明を受けていた。
「どういうことなんでしょう。手術したところ以外に何か問題が残っているとか」
「自発呼吸もあるし、体温、血圧、その他の検査結果にも問題はないそうです。ただ目が覚めないだけなんです。先生がおっしゃるには、ぐっすり眠っている状態だとか」
東堂さんはたしかに気持ちよさそうに目を閉じている。頭にかぶせられたネットがなければのんきな昼寝に見える。
「そんなお気楽な感じでいいんですか」
「データ的には健康な人ですからね。原因がわからなければ先生としても対処のしようがないので、もうしばらく様子を見ましょうということで、まあ、こうしてぼんやり過ごしているわけです」
窓際にセットしたパイプ椅子に腰掛ける克巳さんは、イテテテと言いながら両手を突き上げ伸びをした。
「そういえば、執刀してくれた先生が出血のあった場所がちょっと気になるなあと言ってましたね」
「医者にちょっと気になるなあなんて言われたら、患者側はものすごく気になるじゃないですか」
「でも、手術は上手くいったんだから、気にする必要はないでしょう」
「いやいやいや、気にした方がいいですよ。だって東堂さん、目を覚まさないじゃないですか。出血の場所がまずかったんですか」
「脳の中には出血すると即命に関わるような場所があるらしいんですけど、辰巳の場合はそういうところではなかったっておっしゃってましたね。ただ、外傷の状態から考えると、ここから出血するかなあって場所だったようです」
転んで左手をついたのに右手が折れた、みたいな感じだろうか。
「一つの可能性として、今回見つかった出血は交通事故が原因ではなくて、事故の前からあったものかもしれませんねともおっしゃっていました。たとえば歩道を歩いているときに、何かのきっかけで出血して、その影響でふらついて車道に出てしまったってこともあり得ますね、と」
なるほどと納得しかけたが、今の話で「あること」に思い至り、その瞬間に胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
まさか、まさかね――
「そんなわけで、辰巳がいつ目を覚ますのか、このまま目を覚まさないのか、今の段階ではまったくわからないんです。せっかく来ていただいて申しわけありませんが、今日はいったん帰宅してもらって、私からの連絡を待っていただけませんか。待たせてばかりで悪いんですけど」
「そうですね。そうさせてもらいます。東堂さんが目を覚まされたら、夜中でも電話くださいね。有賀もそれでいいよな」
さっきから一言も発せず東堂さんの寝顔をじっと見ていた有賀は、掛け布団からはみ出している東堂さんの手にそっと触れ、「また来ますね」と言ってから、ぼくに向かってうなずいてみせた。
病院の敷地を出たところで有賀がくるりと振り返った。
「今から桜池神社に行かない?」
「何をしに?」
「神頼みよ。東堂さんが早く目を覚ましますようにって」
「おいおい、神頼みって言っちゃってるじゃん」
「だって今は苦しいときでしょ。医学的に打つ手がないなら、あとはもう神様に頼るしかないじゃない」
それはまあそうかもしれない、と納得しかけたとき、頭の片隅でひらめくものがあった。その思いつきも有賀の提案と大差はなかったが、試してみる価値はありそうだった。
だめで元々、この際やれそうなことは何でもやってみればいい。とりあえずは桜池神社への参拝からだ。
「わかった。行こう」
「うん、行こう。ところで守山君、小銭持ってる?」
「ん? たぶんあると思うけど」
「じゃあ、百円貸してくれないかな。私、千円札しか持ってなくてさ」
「いいけど。百円をどうするの」
「お賽銭に決まってるじゃない。タダで神様にお願い事しようなんてケチくさいこと言ったらだめだよ」
暗くなっちゃうから急ごうと言って、有賀はぼくの手をぐいっと引っ張った。
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