4-04
駅前ロータリーの手前で交差点を渡り、店先に商品があふれ出すドラッグストア、開店前の居酒屋、間口の狭いコンビニの前を過ぎた先に東堂塾の入っている雑居ビルがある。
「へえ、航太はこんなところに通ってるんだ」
周囲を見渡し、「結構ごちゃごちゃした場所なんだだね」と、少し心配そうに言う有賀は、すっかり姉の顔になっていた。
「急ごう。あと三十分で授業が始まる」
狭い階段をそろそろと上りきった先にある最初のドアが東堂塾の入り口だ。
いつものようにノックを三回。返事はない。代わりに慌ただしい足音が近づいてきて、ドアが勢いよく開いた。
「あ、西川さん」
「守山君か。ちょうど良かった。頼まれてくれないか」
いつもはあまり感情を顔に出さない西川さんが明らかにテンパっている。
「いいですよ。何をしましょうか」
「東堂先生が事故に遭った。車にはねられた」
「えっ」
ぼくと有賀は同時に裏返った声を出した。
「救急車で市立病院に運ばれたらしい。僕はこれからやってくる生徒たちに事情を話して家に帰さなきゃならないから、しばらくここを離れられないんだ。急で悪いんだが、代わりに病院に行ってくれないか」
「行きます」
「タクシー使っていいから。これタクシー代。足りなかったら、悪いけど建て替えておいて」
西川さんは自分の財布から千円札を二枚取り出すと、ぼくの右手に握らせた。そして有賀の方を見た。
「あなたは守山君の彼女?」
「まあ、そんな感じの者です」
えっ。
「お、おい有賀」
「有賀? もしかして有賀航太君の――」
「姉です」
西川さんがほっとしたような表情を見せた。
「有賀さん、申し訳ありませんがしばらくここに残ってもらえませんか。電話番をお願いしたいんです」
「『はい、こちら東堂塾です。誠に申し訳ありませんが、諸般の事情により本日はお休みとさせていただいております』みたいな感じでいいですか」
「助かります」
驚いた。ぼくは有賀の横顔をまじまじと見てしまった。
「ということで守山君、悪いけど病院へは一人で行ってもらうよ。向こうの様子は有賀さんのスマホに送ってくれるかな」
「あ、はい、そうします。じゃあ有賀、ここは頼んだよ」
ぼくは有賀の肩をぽんとたたき、有賀はにこりと笑ってそれに応えた。
タクシーは雑居ビルを出てすぐにつかまえることができた。
「市立病院までお願いします」
加速がぐうっと体にかかる。背中がシートに沈む。繁華街の夕景が後ろへ流れる。
東堂さんが交通事故に遭った。
その実感が今になってようやくやって来た。
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