4-03
「ちょっといい?」
ぼくが弁当を食べ終わるのを待ち構えていたらしく、弁当箱をカバンにしまうと同時に有賀がいそいそと近づいてきた。今日は参考文献の『月刊ムー』を持っていない。手ぶらのときの「ちょっといい?」は面倒な話の可能性があるので要注意だ。
「UFOでも見たのか」
「見てないよ。そういえば守山君と話をするようになってから、UFOを一回も見てないかも」
「それが普通だろ。ぼくなんか物心ついてから一回もみたことないぞ。まあいいや。で、今日のちょっとは何でしょうか」
「守山君に伝えておきたいことがあるんだ」
相談ではなく伝えておきたいことか。それはそれで微妙な気がする。
ぼくは用心しながら、「聞かせてもらおうか」と先をうながした。
「航太から聞いた話なんだけどね、昔、航太の学校で『人体模型発火事件』があったんだって」
「ん? 人体模型発火――あ、それって、前にグロい写真を見せられたやつだろ」
「グロい写真?」
「ムーだったか、別の本だったか忘れたけど、古い感じの白黒の写真で、二本の脚だけが焼け残ったってやつだよ」
「思い出した。アメリカのペンシルベニア州で起きた事件で、ヘレン・コンウェイっていう女の人が燃えちゃったときのだね」
「名前を言われてもなあ。とにかくそれ、人が燃えるやつ」
「人が燃えるのは人体自然発火現象だよ。航太のは人体模型が燃えたって話」
「どっちにしても有賀が好きそうな話だろ」
「二つは違うよ」
「まあ、たしかに、人体模型が燃えるのと、本物の人体が燃えるのとでは似ているようで、全く別な現象ではあるな」
「そう! そうなのよ。守山君、わかってるじゃない」
声がでかい!
ぼくはあわてて振り返った。
教室に残っているのはぼくと有賀、女子の三人グループ、スマホをいじっている二人の男子だけだった。最初の頃は物珍しげに聞き耳を立てられていたぼくと有賀のやりとりも今では昼休みの日常風景となってしまったようで、だれ一人として一ミリも関心を示していない。
「私は人体自然発火現象には大いに関心があるんだけど、人体模型が燃えたからって、ワクワクしないんだ。だって生きてないでしょう。モップの柄と変わらないよね。人体模型もモップの柄もただの物だもん、そりゃあ、燃えることもあるでしょうって思うわけ」
いや、普通にしていれば燃えないだろう。
「でもさ、事件扱いになってるって事は、普通の現象じゃなかったんじゃないの」
「まあね、多少、不可解な部分もあるかな」
「伝えたいことって、その人体模型が燃えた話なのか」
「それは前置き。でもその話をしておかないと伝えたいことがうまく伝わらないと思う」
「そう思うなら前置きから話しなよ。ちゃんと聞くからさ」
「うん」
有賀は膝に手を置き真っ直ぐにぼくの目を見た。
それは清掃の時間に起きたという。
あと五分ほど清掃がで終了というとき、火災報知器のベルが校舎内に鳴り響いた。当然のようにだれも避難しようとはしない。火災報知器のベルというのは生徒によるいたずらで鳴るものだ、というのが学校生活での常識だったからである。
ところが、いつもならしばらくすると停止するベルの音が、そのときはいつまで経っても鳴り止まなかった。生徒たちはそれぞれの持ち場で掃除の手を休め、天井を見上げたり、廊下の奥の方をうかがったりし始めた。
理科準備室から出火したらしい。
しばらくすると、どこからともなくそんな情報が伝わってきた。生徒たちはそれ行けとばかりに三階の理科準備室を目指した。
理科準備室のドアの前には人だかりができていた。それをかき分けるようにして、教務主任と教頭が理科準備室を目指す。ドアは施錠されており、教務主任が持参した鍵を取り出し、少し緊張した手つきで解錠する。ドアが開かれるとほぼ同時に、何かが焦げたような異臭が廊下に流れ出た。集まった生徒たちが、「くさい、くさい」と騒ぐ中、教務主任、教頭の順に室内に入っていった。
「教頭先生、これは――」「先に窓を開けてください」「どうします、これ」「ここは引火性の薬品もあるから、とりあえず外に出しましょう」
教務主任が後ろ向きでそろそろ外に出てきた。異臭が一段と濃くなる。生徒たちが「うわあ」と声を上げる。
教務主任は、頭部が黒く焼け焦げた人体模型を抱えていた。
「それ、いつの話なの」
「十年ぐらい前だって」
「なんかさ、まるでその場にいた人から聞いたみたいに具体的だね」
「うん、航太にその話を教えてくれた人は、航太のクラスメイトの親戚のお兄さんでね、当時中三で実際にその場にいたんだって」
「ということは、うわさってレベルじゃなくて、本当にそういうことがあったんだ」
「あったみたいね」
「だったらさ、燃えたのは本物の人体ではないけど、だれもいない鍵のかかった理科準備室で人体模型が発火したってことだろ。結構不思議な事件じゃないか」
「不思議かなあ。ただのぼやじゃないの?」
「そう言ってしまうと身も蓋もないけどさ。で、この話、どこへ向かってるんだ?」
「その人体模型発火事件のことで、当時の理科の先生が責任を感じて辞職したんだって。火の不始末という意味では責任があるんだろうけど、人体模型の頭が燃えただけでやめることはないのにって思うでしょ。私はそう思うし、当時の生徒たちもそう思ったみたい。でね、やめた理科の先生がね、東堂っていう名前だったんだって。
話の最後にその名前が出たとき、航太は思わず変な声が出たって言ってた。守山君、その辺のこと、何か知ってる?」
「知らない。初耳。今、びっくりしてる」
「だよね。私だって、ひゃあって言っちゃったもん」
東堂っていう苗字は特別珍しいものではないし、十年ほど前の話だということだから、もしかしたら別人なのかもしれない。でも、元教師が塾の先生っていうのはいかにもありそうな感じがする。
直球の質問をするかしないかはその場の雰囲気次第だけれど、とりあえず今日の放課後は東堂塾へ直行だ。
「有賀も行くだろ」
「もちろん」
ぼくの誘いに有賀は力強くうなずいた。
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