3-13

「お待たせしました。ひゃあ、寒かったあ」


 ひやりとした外の空をまとった有賀が部屋に入ってきた。

 その後ろに人影がある。飯塚さんだろう。よく見ようと首を伸ばすと、有賀の肩越しに、そっとこちらをうかがう目と目が合った。

「おじゃまします」

 耳に心地よい少しハスキーな声だった。ごくあたりまえのあいさつなのだが、まるでぼくだけに向けられたかのように聞こえて、思わず「どうぞ」と返してしまった。


 有賀がぼくの正面に、その背後を通って飯塚さんは部屋の奥側――東堂さんの正面に腰を下ろし、まっすぐ前を向いた。水彩絵の具と細筆ですっすっと描いたような目鼻立ちが、有賀とは対照的だった。


 さて、誰が口火を切るのかと様子をうかがっていると、「守山君、ボクのことを紹介してもらえるかな」と、二つ目のお役目を仰せつかった。

 どうやら今日のぼくは雑用係という立ち位置らしい。適材適所だと思う。とりあえず、「有賀さんの同級生の守山です」と名乗った後、東堂さんのことを信頼できる年長者という感じで紹介した。飯塚さんはぼくが話をする間、じっとぼくの目を見ていた。

「飯塚菜津美です。これまでお目にかかったことのないお二人にまでご迷惑をおかけることになってしまって、申しわけありません」

「ノープロブレムです」

 東堂さんのさわやかな声が響く。

「どうかお気になさらずに。こうして集まっていただいたのは、ボクの方からお願いしたことですからね。つまり今日の集まりはボクがホストで、飯塚さんはゲストです。つぐみさんと守山君はギャラリーということにしましょう。ということで、さっそくですがお話をさせてもらってもいいですか?」

 飯塚さんは、「はい」とうなずき、しゃんと背筋を伸ばした。


「ボクは駅前で学習塾を開いています」

 そこから? と思ったが、もちろん口には出さない。ここで飯塚さんの表情を観察するというミッションを思い出し、少しだけ体の向きを変えた。

 あらためて飯塚さんの顔を眺めてみる。

 髪はあごまでのショートカット。目、鼻、口など顔のパーツはどれも小作りで、動物にたとえるとハムスターが近いだろうか。イヤリングもせずリップも塗っていない。地味というか素朴だ。たぶん、学校などで大勢の人の中にいると目立たない存在だろう。


「塾で教えているのは小、中学生までで、高校生はいませんが、以前、塾に通っていた何人かの生徒が、飯塚さんと同じ高校に入学しています」

「そうなんですか」

「その中には今も交流のある者がいます。雑談の中で高校生活に関することが話題になることもあります。ですから、飯塚さんの高校の雰囲気はある程度把握しています。県内でも有数の進学校ですから、先生も生徒も優秀ですし、勉強に対する意識がかなり高いなと感じました。その中でも二年一組というのは成績優秀な生徒が集められていて、彼ら自身も、自分たちのクラスは特別だという意識があるようですね」

「あの、もしかして、その方って」

 飯塚さんは少し前傾姿勢になり、東堂さんを見上げる形になった。


「ええ、ご想像の通り、二年一組です」


 飯塚さんが声にならないため息をついた。

 そんな都合のいい話があるだろうか、と思ったが、だからこそ東堂さんは飯塚さんと話をしてみようと考えたのかもしれない。


「さて、前置きはこのぐらいにしておきましょう。これから本題に入ります。まずは質問をさせていただきますが、飯塚さんから聞いたことはこの場にいる四人だけの胸に納めますので、正直に答えてくださいね」

 飯塚さんは東堂さんの視線を正面から受け止め、「はい」と言ってうなずいた。

「ではおたずねします」

 東堂さんの声のトーンが少し下がった。


「高校に入学して間もない頃、同じクラスの男子に告白されませんでしたか」

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