3-09

「ドッペルゲンガーというのは、まず本体――つまり本人があって、その分身的な存在のことを指します。と、有賀は言っていました。ここ、合ってますでしょうか」

「まあ、それがドッペルゲンガーの基本的な定義だろうね」

「あと、ドッペルゲンガーの特徴としては、知り合いが間近で見ても見分けがつかないぐらいそっくりということも挙げられます」

「今さらな説明だけど、その通りだね」

「ぼくにはここから先がわからないのですが、飯塚さんが公園やショッピングセンターで見かけた人物と学校で見かける城崎きのさきさんのうち、どちらが本人なのか、あるいはドッペルゲンガーなのかということが、ずっと定まっていなかったのではないかというのです」


 東堂さんの眉がぴくりと動いた。


「そのどっちつかずの状態は入学式からつい最近まで一年以上継続しました。なぜかと言えば、飯塚さんが一度も二人と目を合わせず、声もかけなかったからです。言い方を変えると、確認しなかったからだというのです。ですが、先ほど話したような経緯があり、飯塚さんは公園で見かけた方の人物に声をかけてしまいます」


 東堂さんが目を閉じこめかみに親指を当てる。相手の話に集中するときの体勢だ。


「その瞬間に、声をかけた方の人物が本体であることが確定したのだそうです。それは同時に学校での城崎さんがドッペルゲンガーだと確定したことにもなります。ドッペルゲンガーというのは『自己像幻視』とも表現されるように、実体として存在するものではありません。よって、両者の関係が確定したことで、ドッペルゲンガーの方――学校での城崎さんは飯塚さんの世界から消えてしまいます。

 ただし、ここで注意しなければならないのは、消えたのは、飯塚さんが確定させたドッペルゲンガー単体ではなく、ドッペルゲンガーである城崎さんが存在していたという事実までも含んでいるということです。別な言い方をすれば、城崎さんが存在していたかもしれない世界そのものが消えて、公園の人物が存在していたかもしれない方の世界が現実として確定したということになります。そして、その話を聞いた有賀や、さらに有賀からその話を聞いたぼく、そして今、ぼくから話を聞いている東堂さんは、公園の人物が存在している方の世界を生きているということになるのだそうです。

 以上が有賀のもう一つの説なのですが、ぼくにはまるで理解できません。今の説明も正しくできているかどうか自信がありません」

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