3-07
次の日、おそるおそる登校した学校は、普段と何も変わったところはなかった。
教室に入って自分の席に着き、クラスメイト達の雑談に耳を傾けてみたが、不穏な内容は語られていなかった。冷静に考えれば、それが当たり前なのだが、今日の私は細胞単位で神経が過敏になっており、どんなに小さな違和感であっても、知覚した瞬間に大きな声を出してしまいそうな状態だった。
それでも一時間目、二時間目と授業が進むにつれて、少しづつではあるけれど、通常の精神状態が戻ってくる感覚があった。
冷静になるにつれて、昨日の自分の反応が大げさすぎたのではないかという気持ちが強くなってきた。あのとき、
謝ろう。
正直なところ昨日以上に怖いけれど、知らん顔のままやり過ごすのはだめだと思う。
昼休みになった。
母の作ってくれたお弁当をしっかりと食べ、トイレでうがいをし、気合を入れなおした私は、城崎さんの教室がある三階を目指し階段をゆっくりと上った。
城崎さんはいなかった。教室のいつもの場所に人の集まりはあったが、その中心に城崎さんの姿はなかった。
今日は欠席か。
気合と決意でぱんぱんに膨らんでいた全身から、ひゅるひゅると力が抜けていった。仕方がない、明日、出直そう。
だが次の日も、その次の日も、城崎さんは姿を見せなかった。
病気なのだろうか。それとも怪我なのか。
その後も城崎さんが登校している様子はなく、一週間を過ぎたところでがまんできなくなり、思い切って城崎さんの教室に入っていった。
教室にいた十数人の視線が私に集中した。理系の特別進学クラスに、文系一般クラスの女子一人というのは、まさに異物の侵入という状況で、アウェイ感が物理的な圧力となって全身を押し包んできた。後ろの扉から二歩進むのが限界で、教室前方にある城崎さんグループと思われる集まりに行きつくことはできなかった。
「だれに用事?」
一番近くにいた小太りな女子が面倒くさそうに声をかけてきた。
「城崎さんです」
不本意だけれど、返事は自然と敬語になってしまった。
「城崎さん?」
「城崎さんにちょっと伝えたいことがあって、何回か見に来たんだけど、一週間ほど登校してないみたいだから、どうしたのかなと思って」
小太り女子の顔に怯えたような表情が浮かんだ。同時に教室の空気が明らかに変わった。返事を待ったが小太り女子は言葉を発しない。周囲の生徒たちも押し黙ったままだ。
「あの、城崎さんは――」
「あなたは誰なの。何組の人?」
城崎さんグループの一人と思われる女子が教室の前から大きな声で問いかけてきた。
「あ、私は五組の飯塚です」
「ふうん、五組の人か」
「五組だと、何か問題ありますか」
少しむっとなって言い返すような口調になってしまった。
「別に。あなたが何組でもいいんだけどね。何か勘違いしてるよ」
「勘違い?」
「そのキノサキさんていう人、このクラスにはいないよ」
「え?」
「教室を間違えたんじゃない。五組は二階だから、三階には普段来ないだろうし」
間違えるわけがない。城崎さんの席はこの教室の先頭窓側で、今、あなたが腰かけているのが城崎さんの机ではないか。
「なんでそんな顔するの?」
「だって、ここは城崎さんの教室だし、私は何度もこの部屋で城崎さんを見ているし」
「ちょっと、やめてよ。気持ちの悪いこと言わないで」
教室全体がざわつきだした。
「頭おかしいんじゃない」「きもい」「誰か追い出せよ」
明らかに私に聞かせるためのひそひそ話が、あちこちで始まった。
本当に? 本当に城崎さんはいないのか。
「あの、城崎さんは、この一組からいなくなったんじゃなくて、最初からいないんですか」
ざわめきが静まった。私を見る目がからかい半分から完全な怯えに変わっていた。
最初に声をかけてきた小太りな女子がすっと顔を寄せてきた。
「もうやめときなよ。これ以上変なこと言うと、二年五組に飯塚っていう頭のおかしいヤツがいるって噂が学校中に広がっちゃうよ。今、あなたが、『勘違いでした』って言ってここを出ていけば、『変な子だったね』ってなるだけで、あちこちに言いふらしたりはしないからさ」
その場にいる全員の目が、「早く出ていけ」と急かしていた。心は納得していないが、反論の言葉は見つからない。話すことがないのなら教室から出ていくしかなかった。
いったい何が起きているのか。本当に城崎さんは存在しないのか。
私は廊下を歩きながら必死で今の状況を理解しようとした。だが考えれば考えるほどわけがわからなくなる。かといってだれかに相談するのは怖い。一組だけでなく五組でも、さらに先生たちまでもが城崎さんを知らなかったら、私はその場で壊れてしまうだろう。
つぐみ。そうだ、つぐみに相談しよう。
その思いつきで視界がぱっと晴れた。私は自分の教室を目指して階段を駆け下りた。
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