3-03

「ごめん、驚かせちゃった?」


 同じクラスの佐々木君だった。

「忘れ物を取りに戻ったんだけど、いちいち『やあ』とか声かけるのも変かなと思って、こそっと入ってきたのがよくなかったな」


 佐々木君はその長身を折り曲げるようにして後ろのロッカーから小さなポーチを取り出し、「あったあった」と、私の方にそのポーチを突き出してみせた。


 私は変な声を出してしまったこと、それをクラスの男子に聞かれてしまったということで、かっと顔が熱くなり、何も言うことができなかった。


「飯塚さんも帰るところだんたんだろ。窓を閉めてしまおうか」

 佐々木君は教室の後ろ側から、私は前の方から順に窓を閉め、施錠していった。

「戸締りよし。さあ帰ろう」

 二人で廊下に出て階段を降り、靴箱のところでいったん分かれて、校門までなんとなく一緒に歩いた。校門を出たところで、「オレこっち。飯塚さんは?」「私も」となって、そのまま並んで歩くことになった。


「あの」

「ん、何?」

 佐々木君がのぞき込むようにしてこっちを見る。

「さっきは変な声出してしまってごめんなさい」

「もしかして、ずっとそのことを気にしてた?」

「うん」


 佐々木君は前を向き、あははと笑って、「飯塚さんはやっぱり飯塚さんだな」と謎の台詞を口にした。


「オレ、これからバイトなんだ」

「佐々木君、アルバイトしてたの?」

「これ内緒な。駅前に花屋さんがあるの知ってる? 親戚がやってる店なんだ。学校にばれるとまずいから裏方の仕事なんだけどね。もし花を買うことがあったらのぞいてみてよ。オレがいるときだったらお安くしとくからさ」


 佐々木君と花屋さんという取り合わせに驚いた。でも、厚地のワークエプロン姿で花を抱え、「いらっしゃいませ」とか言っている様子を想像してみると、意外と似合ってるような気もする。一度見てみたいなと思った。


「じゃ、オレこっちだから」

 校門から数えて三つめの交差点で、佐々木君は右手をあげ、駅前に向かう路地へと進路を変えた。私は勇気を出して、胸のあたりで小さく手を振った。


 頬が熱い。佐々木君との会話で少しのぼせてしまったみたいだ。このまま家に帰るのはなんだかもったいない気がして、少し遠回りをすることにした。


 夕暮れのもみじ公園は今日も閑散としていた。この時間、小学生たちはみんな塾なのだろうか。もっと小さな子どもたちは、つき添う親が夕食の準備でもう帰ってしまったのかもしれない。そんなことを考えながら遊具広場の周囲を巡る遊歩道を半周したところで、私は思わず足を止めた。


 砂場のとなりにある背もたれつきのベンチに城崎きのさきさんが座っていたのだ。


 学校で部活に向かう城崎さんを見てからまだ三十分も経っていない。今はまだ部活の真っ最中のはずだ。いったいいつの間に、どうやって――

 私はいつもの公衆トイレの陰に隠れ、そっと様子をうかがった。


 城崎さんは以前と同じように、少し寂しそうな表情で夕焼けの西空を見つめている。その横顔も背格好も、どう見ても城崎さんなのだけれど、雰囲気というのか、佇まいというのか、ちょっとした首の角度や視線の向きなどから伝わってくるものが何か違っている。


 別人なのだろうか。


 世の中にはそっくりな人が三人いるという。そのうちの二人がたまたま近くに暮らしており、その両方に私はよく出くわす、とか。でもホクロの位置まで同じなのだ。一卵性の双子だってホクロまでは同じにならないと聞いたことがある。

 あなたは城崎さん? それとも別な人?

 どうしよう、思い切って声をかけてみようか。


「なっち? なっちだよね」

 背後から昔の愛称で呼びかけられた。「城崎さん」という言葉を今まさに口にしようとしていたタイミングだったので、喉の奥で、「ぐぐ」って変な音がした。


 振り返ったその先に、小柄で丸顔の女の子がにこにこ顔で立っていた。

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