魔性の女
3-01
夕暮れのもみじ公園で
砂場のとなりにある背もたれつきのベンチに一人で腰かけ、淡い朱色に染まる西の空を見上げていた。その横顔には深い愁いが浮かんでおり、どこか儚げで、古い水彩画のような背景の中に溶け込んでしまいそうだった。
学校での城崎さんは、いつも多くのクラスメイトたちに囲まれている。そしてわいわいと盛り上がっている。そんな学校での城崎さんとはまるで別人のようだった。
気づかれてはいけない。
私は公衆トイレの陰に身を寄せた。
冷たいコンクリートの壁に腕が触れた瞬間、今とまったく同じ状況が以前にも一度あったということを思い出した。あれはいつだっただろう。そうだ、約一年半前、高校の入学式前日だった。この公園のこの場所で、私はベンチに座るきれいな女の子を見つけ、今と同じ公衆トイレの陰に身を寄せて、高校に入ったらあんな子とクラスメイトになれればいいのにな、と思ったのだった。
その願いはかなえられた。
入学式の日、まだ体になじまない制服と心臓が痛いほどの緊張感とともに自分の教室に入ると、前日に公園で見かけた女の子が窓際の席に座っていた。その女の子が城崎さんだった。
城崎さんは私とは正反対のコミュ力の高い人で、高校に入学したその日から男子にも女子にも自分からどんどん声をかけて、笑って、ふざけて、ちょっと怒ったりもして、あっという間にクラスで一番の人気者になってしまった。私の中学時代の知り合いも城崎さんと親しくなっていた。いつか私もその輪の中に入るのだろうと思っていた。
だけど、同じクラスでいる間、城崎さんは私に一言も話しかけてくれなかった。一方で、あからさまに避けるような態度とか、刺すような視線とか、ひそひそ話とか、これまで私が受けたことのある嫌がらせ的なことは一切なかった。そもそも嫌がらせを受ける受けない以前に、視線が合ったことすらなく、もしかすると城崎さんには私のことが見えていないのではないだろうかと思ったほどだ。
たぶん、城崎さんは私のことが嫌いだったのだろう。たとえその人のことをよく知らなくても、雰囲気とか、顔つきとか、話しぶりとかで、苦手だな、好きじゃないなと思うことはある。私にだってそういう人がいないわけではない。好き嫌いに理由なんてない。嫌いなものは嫌いなのだ。でも城崎さんは、自分が嫌っているからといってまわりの人にも同調するように持ちかける人ではなかった。おかげで、城崎さんが私のことを嫌っていると気づいた人はいなかったと思う。
だから嫌われていたであろうことは残念だけれど、私は城崎さんのことが嫌いではないし、悪い人だとは思っていない。陰では悪口を言ってるくせに、面と向えば心にもない愛想のよい言葉を並べる人よりはずっといい。
二年生に進級したとき、城崎さんは理系の特別進学クラスに、私は文系の一般クラスになり、教室も別のフロアになったため、学校で顔を合わせる機会はほとんどなくなってしまった。これでもう、城崎さんと関わることはないだろう。友だちになれなかったのは残念ではあるけれど、それ以上にほっとしたというのが正直な心境だった。
公衆トイレの陰に身を潜めながらそんなことを考えているうちに、かなりの時間が経ってしまったようで、気がつくと城崎さんの姿はベンチから消え、夕闇の立ちこめるもみじ公園に残っているのは私一人だけになっていた。
つぎの日の昼休み、三階にある城崎さんのクラスの様子を教室の後ろのドアからそっと確かめてみた。
窓際の一番前にある城崎さんの席の周囲にはたくさんの人が集まっていた。人と人の隙間からチラチラと見えた城崎さんの横顔は、いつものように表情豊かで、張りのある明るい声が聞こえてきた。きのう公園で見かけた城崎さんの沈んだ表情はどこにも残っていない。私はそっとドアから離れ、二階の自分の教室に戻った。
元気そうでよかった。
なぜそんな風に思ったのかはわからないが、それは正直な気持ちだった。
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