2-05
「まず確認したいことがある。西川君が海釣りに行った正確な日付だ。五年生のときということは九年前だね。夏休みの半ばなら八月だろうか。ここまではさっきの話で絞りこめる。知りたいのは八月の何日だったのかということだ。どうだい、覚えているかな」
「正確な日付ですか。今、それはちょっと。夏休みの宿題で絵日記をつけていたような気もしますが、もう残っていないでしょうし。嫌な出来事だったので日記には書かなかったんじゃないかな」
「じゃあ、釣りに行った前後で何か記憶に残っているイベントは? 地元の花火大会とか、盆踊りとか」
「うーん、何かあったかなあ。夏休み中に花火を見た記憶があるんですが、四年生のときかもしれないし、六年生だったかもしれないし。出発前の街が水色だったとか、隣の犬がやけに吠えていたとか、断片的なことは思い出せるんですけどね。あ、そうだ、朝、家を出てすぐのときに、父が『今日はペルセウス座流星群の極大日だったな』って言ってました」
「なんだ、ドンピシャの情報があるじゃないか。ペルセウス座流星群の極大日といえば八月の十二日か十三日だね。おーい守山君、キミの出番だ」
いきなり振られたが、ある程度心の準備はできていたので驚きはない。
「なんでしょうか」
「『九年前の八月十二日』『B県』『交通事故』のキーワードで検索をかけてくれないか」
「わかりました」
ぼくは九年前を西暦に換算し、目の前にあるノートパソコンでブラウザを立ち上げて指示通りに検索をかけた。瞬時に結果が表示される。そのトップに、東堂さんが期待したであろう記事があった。
「どうだい」
「B新聞の記事がヒットしました。八月十二日の未明に県道でひき逃げ事件があったみたいです。被害者は近くに住む男性となっています。プリントアウトしましょうか」
「今日はやけに気が利くなあ。よろしく頼むよ」
ぼくはリンク先のB新聞のサイトで元になる記事を呼び出し、その画面のスクショをとってプリンターに出力した。印刷が完了するまでの間に画面上で記事を読む。
八月十二日の午前六時過ぎ、B県S市内の県道で、男性が車に轢かれ死亡しているのが発見された。現場は大型トラックの往来がある片側一車線の県道で、近くに防犯カメラはなく、男性を轢いた犯人は今もつかまっていない。被害者は地元の四十代の男性で、前日の夜に近くの居酒屋で閉店間際まで飲酒をしており、事故の状況から、泥酔し道路で寝ていたところを車にはねられ、その後、複数の車にも轢かれた可能性があるとのことだった。遺体の状況や居酒屋の店主の証言から、事件はおそらく十二日の未明に発生したと考えられている。
なるほど、西川さんが見た幽霊の顔がひどくつぶれており、両腕が折れ曲がり、全身が血だらけだったこととの整合性がある。こんなひどい死に方をしたら、化けて出てやろうとなるかもしれない。いや、ちょっと待て。ということは西川さんが見たのは本物の幽霊だったということになるではないか。
幽霊って、本当に出るのか。
「まさかここまでぴったりの事故が発生していたとはね。ボクの推測も捨てたもんじゃないな」
プリントアウトした記事を読んだ東堂さんは、すごいすごいと盛り上がっている。西川さんは記事に目を落としたまま黙り込んでいる。
「西川君、この事故が発生した県道は、キミたちが釣り場に向かうときに使ったルートだったのかな」
「はい、この道を使ったはずです」
「幽霊を見た場所と事故現場は一致する?」
「ちょっとわかりません。僕は直前までうとうとしていましたし、小学生だったので、あれがS市内だったのかまでは」
「それはそうだな。でもまあ、ここまで条件が合うなら間違いないだろうね。で、この新聞記事の内容だが、西川君はどう思った」
「驚きました。父はこの事故のことを知っていたのでしょうか」
「そりゃあ知っておられただろう。地元でのそこそこ大きなニュースだもの。ただし、詳細な内容を知ったのは家でニュースを見たか、新聞を読んだかのタイミングだったと思うけどね」
「そうですね。ぼくは当時新聞なんて読まなかったから全然知りませんでした。それに父の影響で、あれが見えた理由については脳の働きのことばかり考えていて、本物の幽霊である可能性なんて一度も考えたことがありませんでした。
でも、こんな事故が実際に発生していたということは、幽霊が出る理由がちゃんとあるということ――なんですよね。だから父は、いつものような説明はせず、幽霊だと」
西川さんは記事から目を上げないまま、後半はつぶやくような口調になっていた。
「そうか、あのとき見た血だらけの男性は、この事故で無くなった方だったんですね」
「間違いないね」
まさかの幽霊でしたという結論。しかし幽霊だとすればやけに早く出てきたものだなと思う。当日未明に亡くなって、数時間も経たないうちに――
「これで幽霊の正体は判明したわけだ。あとはお父さんの不可解な言動についての考察ということになるのだけど、どうしようかなあ」
「あれが幽霊だったとすれば、父の言動は不可解という感じではなくなりましたが」
「そうなんだよね。うーん、どうしようかな。あえてお父さんが幽霊だとされたことを今さらなあ」
「あえて? それはどういう意味ですか」
そうだよ、どういう意味なんだ。思わせぶりは東堂さんの悪い癖だ。
「西川君ももう大人だし、お父さんの真意を知っても問題ない、いや知っておいた方がいいだろうな」
東堂さんは居住まいをただすと、「西川君」と改めて呼びかけた。
「はい」
「これからの説明をキミに聞かせるのは、もしかするとお父さんの意に反することかもしれない。だけどキミがこの後お父さんと面会するのなら、その前に知っておいた方がいいだろう。ボクはそう判断したので、独断で話をさせてもらうことにする。もしそのことでキミとお父さんの間に何か問題が発生したら、すべてボクの責任だ。今から話すのはそういう内容になるんだが、いいかな、話しても」
西川さんはとまどいながらも、「お願いします」と神妙に答えた。
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