2-04
「なかなか興味深い話だね」
少し重くなった空気を気にする風もなく、東堂さんはいつもの軽い口調で西川さんの長い話に短い感想を返した。
「小学生だった当時の西川少年が、お父さんのことを軽蔑するようになってしまった経緯はよくわかった。その上で質問なんだが、大学生になった西川青年は、今、お父さんのことをどう思っているのかな」
西川さんはふっと息を吐き、弱々しい笑みを浮かべた。
「すべてお見通しって感じですね。お察しのとおり、今となっては父の当時の言動を全部否定する気持ちはありません。あんなものが急に目の前に現れたら誰だってびっくりするし、一時的に正常な判断や行動ができなくなるのも無理もないと思います。お化けなんて怖くないという人も、お化け屋敷で天井から血まみれの人形が落ちてきたら、『うわっ』ってなりますからね。そういう意味では、父が思わず叫び声をあげたのも、まだドキドキしているだろうタイミングで僕が声をかけたときに、『黙れ』と怒鳴ったことも、人間としては当たり前の反応だったと思います。ただ、当時の僕にとっては、感情的になった父の姿がただただショックだったんですね」
「血まみれの男を見たことよりも?」
「はい。あれの正体は今でもわかりませんが、どんなに不可解なものを見ても、それは脳が見せている疑似的な映像であって、必ずしも実在しているとは限らないという、繰り返し父に教え込まれたロジックで受け流すことができます。僕はこのロジックのおかげで、それまで怖くてたまらなかった幽霊やお化けのことがまったく平気になりました。また、『私には霊感がある』『幽霊が見える』という人に対しても、胡散臭いとか危ないといった偏見を持たずに受け入れることができています。父自身がすっかり変わってしまった後も、このロジックに対する信頼感は揺らいでいません」
「うん、その点についてはボクも同感だね。特に理系の人間には説得力のある説だと思う」
「ですよね」
「ただ、霊感というのはあくまでも主観だからね。脳の働きを主体とした説明との相性はいいと思う。でもこの説で、心霊写真とかポルターガイスト現象なんかはどう説明されるんだろうか」
「脳の働きの違いというだけでは説明できないと思います。だからこそ、父には変わらないままでいてほしかったんです。変わってしまう前の父なら、心霊写真やポルターガイストの実例に対して、トリック写真やフェイク動画を見抜き、それでも残った事例に関しては、なぜこのような現象が起きるのかを論理的に解明してくれるはずです。正直に言えば、今なら僕にもいくつかの説明は思いつきます。でも、やっぱり父の言葉で説明を聞きたいと思ってしまうんですよ」
「なるほどね。今のキミの心情はだいたい理解したよ。当時小学生だった西川少年がお父さんに失望し、軽蔑してしまったのはまあ仕方がないだろう。五年生ならちょっと早いかもしれないが、そろそろ反抗期っていう時期と重なったのかもしれないしね。ただ、そのことが原因で二人の関係が断絶してしまい、修復するきっかけがつかめないまま今日まで来てしまったことは不幸だったと言わざるをえないな。それでだ、大学生の西川青年は、もうお父さんに対して失望も軽蔑もしていないってことでOK?」
「先生のおっしゃる通りです」
「じゃあすぐにでも帰省して、入院中のお父さんと仲直り? すればいいなじゃいか。キミはもうそれぐらいのことはできるほどには大人だろうに」
「そうですね。父もあまり長くはもたないようですし。今、ちゃんとしておかないと、きっと後悔しますよね」
どうやら話は無難なところに落ち着きそうだった。東堂さんはこういう普通の対応もできるんだなと、妙なところに感心してしまった。
その東堂さんはお徳用袋に手を突っ込みキットカットを取り出した。
「ではそろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「キミとお父さんが見た幽霊の正体と、お父さんの不可解な言動についての考察だよ」
「は?」
西川さんは目を大きく見開き、なぜかぼくの方を見た。
出たな。あの東堂さんが普通にいい感じで幕引きするのはちょっと違うなと感じていたが、やはりこういう展開が待っていたのだ。
ぼくは椅子の上で尻の位置を整え、これから始まる東堂さんの話に備えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます