2-02

 僕の父は高校の物理の教師でした。典型的な理系の堅物で、考え方が非常に合理的というか理屈っぽくて、幽霊や超能力、祟りなどの存在を一切認めない人でした。一見、超常現象かと思われる出来事を見聞きすると、まだ幼い僕にまで、その現象が発現する仕組みを論理的かつ詳細に説明してくれました。


 たとえば、霊感があり、霊を見ることができるという人がテレビの心霊番組に出ていた場合、父は二つのケースがあると言って、そこから長い解説が始まります。

 一つはテレビ番組としての過剰演出、つまりヤラセ、インチキのたぐいです。このケースでは霊感だの霊が見えるだのというのはすべて嘘で、番組に出ているいわゆる霊能者は、ただその役割を演じているだけだというのです。それって身もふたもない話だし、今の時代ならいくらなんでも全部ヤラセというのは問題になりそうですが、僕がその説明を受けた小学校低学年の頃には、もしかするとそういう演出があったのかもしれません。

 もう一つは、本当に霊が見えているというケースです。ただし『霊が見える』イコール『霊が実在する』ではないというところに留意しなければならないと言うのです。


 ――そういう場合の霊能者、あるいは霊感があるという人は、実際に霊の存在を感じ取っているのだろう。それは映像としてであったり、音であったり、気配や匂い、肌感覚的なものかもしれない。霊感だからといってその感覚はぼんやりとしたものとは限らず、まさにそこにある感じ、リアルな実体としての存在感を持っているかもしれない。だとすればその人が、『霊が見える』『霊は存在する』と主張するのは無理もない。その人にはありありと霊の存在が認識されているのだから。


 ――だけどここで、『見える』『聞こえる』とはどういうことなのかをよく考えなければならない。目や耳などの感覚器がとらえた光や音は、いったん電気信号に変換されて脳へと伝えられる。脳はこの電気信号から、『見える』『聞こえる』という感覚を作り出す。

 何が言いたいかというと、私たちが見たり聞いたりしていると感じているのは、脳が作り出した疑似的な感覚だということだ。現実の世界に『赤という色』は存在しない。存在するのは640から770ナノメートルという波長帯の電磁波だ。この範囲内にある電磁波に反応した目からの信号に対し、脳が『赤という色』の感覚を生みだしているのだ。


 ――この感覚は目や耳という感覚器からの信号入力がなくても生み出すことができる。目の前にリンゴはなくてもリンゴの映像を思い浮かべられるし、いつでも好きな音楽のフレーズを頭の中で再生できるだろう。その典型が夢だ。ストーリーはめちゃくちゃでも、そこで体験している感覚は現実そのものであることが多い。


 ――霊感のある人が、『あそこに霊がいます』『霊を感じます』と指さしても、霊感のない大多数の人には何も見えず、何も感じない。その違いは両者の脳の働きの違いと考えれば納得がいく。霊感のある人の脳は、感覚器からの何らかの刺激、あるいは自分の脳内で生じた何らかの信号から、『霊』という感覚を生み出し、そこに在ると認識するのだ。


 ――ここまで極端ではなくても、そもそも君が生きている世界と私が生きている世界は同一ではないと知らなければならない。なぜなら目や耳という感覚器の性能には差異があるし、脳もそれぞれ違っている。データの入力装置と処理装置が違っているのだから、当然同じ物体を見ても、同じ音を聞いても、人それぞれの見え方、聞こえ方が完全に一致するということはない。一方で、人間の目や耳、脳というのは、基本的な構造は同じだから、見え方、聞こえ方に大きな違いはないとも言える。大体同じように見え、同じように聞こえているから話が通じる。そうでなければ他者とのコミュニケーションなど成立しないだろう。


 ――しかし歳をとれば感覚器の機能は低下する。たとえば若い人に聞こえているモスキート音と呼ばれる高周波の音が年寄りには聞こえなくなる。猫除けにこのモスキート音を流すという装置があるが、そこの近くを通った若者はうるさくて不快だと感じるのに、年寄りは静かな環境でリラックスできると言ったりする。同じ場所で同じ時間を過ごしていても、両者の生きている世界は微妙に違っているのだ。


 ――話を戻すと、霊があちこちにいる世界を生きている人がいてもおかしくはないし、実際にそういう人はいる。もちろん霊など見えないし感じないという人もいる。こっちの方が多数派だろう。それはピーマンが好きな人と嫌いな人がいるということと、本質的には変わらない。


 こういう話を小学生に向かって延々と語るのです。僕の父はそういう人で、僕はそんな父を頼もしく思い、尊敬もしていました。


 西川さんはここでいったん話を中断し、キットカットをかじった。

 先日、ぼくは東堂さんからよく似た話を聞かされていたので、だいたいの内容は理解できたが、半分は聞き流してしまった。それを小学生の低学年で頼もしく思い、尊敬できたという西川さんは相当優秀なのか、あるいは変人だと思う。


 キットカットを食べ終えた西川さんは話を再開した。

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