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「最初に違和感を覚えたのは、航太君が秋祭りに行ったときの行動や心情に関する説明をキミから聞いたときだった」


 東堂さんの話は、思いもよらない角度から始められた。


「キミの話の中で、秋祭りに出かけた航太君が同じクラスの女の子に会うというエピソードがあっただろ」

「はい」

「まず引っかかったのは、航太君は女の子たちの私服姿を見て、その新鮮さに少し心をときめかせてしまったっていう場面だ」

「そこ、気になりますか」

 東堂さんは、「ふふ」と笑った。

「うん、気になったんだ。よく考えてごらん。そのエピソード、必要かい?」

「どういうことですか」

「ハマモト君たちにからまれたこと、それに腹が立ったことなんかは、その後の展開に結びつくエピソードとして意味があるよね。二人の女の子たちもハマモト君が難癖をつけてくるきっかけとなったから、話に出てくること自体は理解できる。でも、その服装にドキッとしたなんていう心情をつぐみさんに話す必要はあっただろうか。しかも航太君は中学生男子という多感なお年頃だろ。本筋とは無関係な、異性に対する微妙な心情を自分の姉に話すだろうか」


 言われてみれば不自然な気もする。でも、その話をしたときの航太君の心理状態は普通ではなかったはずだ。不自然な言動があることがむしろ自然なのではないだろうか。そう反論すると、東堂さんは、「守山君の指摘は正しいよ」と素直に認めた。


「最初に違和感を覚えたのがそこだったということさ。でもね、その部分だけでなく、航太君が秋祭りで箱を買うことになるまでの話は、まるで自分がその場で経験したかのような臨場感があった。ぎらつく露店の照明、焼きそばの味、二の鳥居周辺のひんやりとした空気感とかね」

「話が見えてきません」

「では別な角度から考えてみよう。これはキミ自身も感じていたようだけれど、弟が人を殺したかもしれないなんて話を、たとえ親しい間柄とはいえ、クラスメイトに打ち明けるだろうか」

「そこはですね、普通の人ならまずありえないでしょうけど、有賀はちょっと変わってるんですよ。そのへんの感覚が」

「そう、その通り。つぐみさんは変わっているんだよ」


 変わっている。それは有賀の個性でもあるのだ。でも、有賀に一度会っただけの東堂さんにあらためてそう言われると、あまりいい気がしなかった。


「二回目に違和感を覚えたのは、つぐみさんとの初対面のときだった」

「初対面? ああ、マクドナルドで」

「ハマモト君の死因をたずねたら、つぐみさんはそのときの状況をくわしく具体的に教えてくれたよね。死因は脳内出血で、秋祭りのあった日の夜中に頭が痛いと言い出して、両親が救急車を呼んで、病院に運ばれて、朝方の五時過ぎになくなったと。まるでその場に居合わせたかのようにくわしくね」


「何が言いたいんですか」

 東堂さんは一瞬ためらうようなそぶりを見せた。

「ぼくなら大丈夫ですよ」


「うん、わかった。では言おう。キミが聞いた航太君のエピソードのほとんどは、つぐみさんの妄想による作り話だったんだ」

「妄想? 作り話? えっ、つまり嘘ってことですか」

「嘘とは違うかな。つぐみさんが語った内容は事実とは大きく異なるけれど、本人はそう信じているからね。キミがつぐみさんから聞いた話のうち、実際にあった出来事は、『航太君が丹波屋という怪しげな男から古い木箱を買ったこと』だけなんだ。あとは全部つぐみさんの妄想から生まれた作り話だったんだよ」

「全部が、ですか」


 声が裏返ってしまった。

 全部って、全部なのか。


「航太君が夜中に泣いていたことも、秋祭りでクラスの女の子に会ったことも、ハマモト君との揉め事も、箱に向かってハマモト君の頭の中を掻くように念じたことも、そのせいでハマモト君が死んでしまったと打ち明けたことも、ハマモト君が夜中に頭痛を訴えて救急車で病院に運ばれたことも、全部が有賀の妄想で作り話だったって言うんですか」

「言うんだよ。ああそうだ、丹波屋から箱を買ったことに加えてもう一つ作り話ではないことがある。ハマモト君が脳内出血で亡くなったことは事実だ。ただし、朝になって母親が起こしに行ったら、ベッドの中で亡くなっていたのを発見したというのが実際の経緯だ。夜中に頭が痛いとも訴えてないし、救急車を呼んだのは朝だったそうだ」

「どうしてそんなことを知ってるんですか」

「うちの生徒にハマモト君と同じクラスの子がいるんだよ。葬儀に参列する前に担任の先生からおおよその経緯を聞いたらしい」

「でも、中学生が脳内出血って、ぼくは聞いたことがありません。何もしていないのにそういうことってあるんですか」

「何もしていなくはないだろうさ。事前に頭を強く打っていたのかもしれないし。あと、これは昨日調べて知ったことだけど、先天性の血管異常――脳動静脈奇形っていうやつだと、十代でも脳内出血になることがあるらしい。いずれにしてもレアケースではあるがね」


 そんなレアケースが、都合良く、祭りのあった日の夜中に起きるだろうか。

 ぼくの疑問に対し、東堂さんは考え方の順序が逆だと指摘した。


「航太君が怪しげな男から変な箱を買ったこと、その直後にハマモト君が亡くなったこと、どちらもインパクトのある出来事だろ。この二つがつぐみさんの頭の中で結びついて、今回の妄想の出発点になったんだね。都合良く感じるのは当然だ。そういう風に話が作られたんだから」


 有賀の妄想、全部作り話――

 そんなばかな。


「もう一度言おう。航太君はハマモト君に対して何もしていない。そもそも秋祭りで出会いもしていない。航太君は一人で夏祭りに出かけて、しばらく露店を見て回って、ふらっと本殿の方へ向かう途中で丹波屋と出会い、成り行きでその箱を買った。それだけなんだ。丹波屋とのエピソード以外は全部つぐみさんの作り話なのさ」

「どうして作り話だと断言できるんですか。有賀に妄想癖があるっていうのは東堂さんの憶測ですよね」

「憶測じゃない。航太君から直接聞いたんだよ。箱を買った経緯も、その後に何があったかも。それと、つぐみさんの妄想癖もね」

「航太君から直接――いつの間に」

「キミも知っているだろ。航太君は今週の水曜日からうちの塾に入ったんだ。授業のあとに話を聞く時間はいくらでも作れるよ」


 まさかそのために入塾を勧めたのか。

 いや、これも逆か。

 万が一の場合――航太君が念じたことでハマモト君が亡くなっていた――に備えて、航太君のアフターケアのために入塾を勧めた。そしてよくよく話を聞いてみると、今回の騒ぎは有賀の妄想が引き起こしたものだと判明した。


「航太君もお母さんも、つぐみさんの極度な妄想癖のことはいつも気にかけておられたから、ぼくたちがつぐみさんと一緒に家を訪ねてきたときは、何をやらかしたのかと焦ったらしい。でも訪問の目的が航太君の勉強に関することらしいということでほっとされて、それなら大丈夫だろうと迎え入れてくださったんだ」


「東堂さんはあの時点で、作り話だと気づいておられたんですか」

「いや、さっきも話したように違和感はあったけど、全部作り話だとまでは思いもしなかったよ。航太君が負っているであろう心の傷の手当と、箱がやばいやつだった場合の処置のことだけを考えていた。ただね、家に上がらせてもらって航太君の反応や言動を見ているうちに、もしかするとこれまで聞いていた話を鵜呑みにしない方がいいかもしれないとは思った。とはいえ、まだ確信は持てなかったから、当初の予定通り航太君の心のケアを進めていった。その手順はキミが推測した通りだ。今考えれば、この対応がそのままつぐみさんへのケアになったんだね。まあ、結果オーライってことだな」

「航太君ではなく、有賀へのケアって何ですか。ああ、何だかもう、どうでもよくなってきたな」

「それは困る。キミには今後、つぐみさんのフォローをお願いするんだから。そのためには今回の出来事について、全体像を正確に把握しておいてもらわなければならない」


 東堂さんは、航太君から聞いた話をもとに若干の推測を加えて整理したものだよと前置きをした上で、一連の流れを説明してくれた。

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