1-07

「まずはこれを確認してもらおう」


 東堂さんはスーツの内ポケットから五枚の写真を取り出し、床の上に横一列に並べた。写真にはそれぞれ一人の男性が写っている。横からのぞき見た感じでは三十代から五十代ぐらいまでの見知らぬ人物ばかりだった。


「航太君が箱を買った〈丹波屋〉の男は、この中にいるかな」


 おっと、そういうことか。

 ぼくが身を乗り出すと、東堂さんに頭を押さえ込まれた。

「じゃまだよ。キミが見てもしかたがないだろ」

「だって気になるじゃないですか」

 東堂さんはふふんと鼻で笑い、航太君を見ろと目で合図を送ってきた。

 航太君は写真を一枚ずつ手に取り、真剣な表情で確認作業を続けている。有賀は心配そうな顔でその様子を見守っていた。


「どうかな」

「はい、一番左の人は髪型とおでこの感じが似ているような気がします。次の人は鼻の形が似ています。眉毛は真ん中の人が近い感じがします」

 半分独り言のような感じで、航太君は写真と記憶とを照合しながら感想を述べていく。


「あれ? この人――」

 航太君は四枚目の写真に反応した。

 丹波屋か?

 ぼくは東堂さんの手をかいくぐって航太君が手にしている写真をのぞき込んだ。


 三十代半ばぐらいのすっきりとした短髪の男性だった。眉毛が濃くて目も切れ長で、なかなかのイケメンである。もっと野暮ったくて不健康そうな人物を想像していたので意外だった。


「見つかったのかい」

「いえ、違うんですけど、なんか見たことのある感じだなと思って」

 丹波屋ではないのか。

 ぼくは首を引っ込めた。結局、五枚の写真の中に丹波屋は写っていなかった。東堂さんは特に落胆する様子もなく、「ありがとう、参考になったよ」と言いながら写真を回収した。


「さて、いよいよ本日のメインイベントだ。なぜそんなことをやらせるのかと気を悪くするかもしれない。でも、ここはぼくを信じて協力して欲しい。絶対に誰にも迷惑をかけないことを約束する。もちろん航太君にもだ」


 何が始まるのかわからないが、先にそんな言い方をされたらかえって怖くなるだろう。ようやく表情がやわらぎ始めていた航太君が固まってしまっている。いったい何をやらせようというのか。まさかこの場で箱を開けろとか。それは嫌だろうな。もしどうしても箱の中を確認する必要があるなら、それは東堂さんの役目だ。


 航太君がそっと手を上げた。

「ん? 質問かい」

「はい。さっきからやってることって、いったい何なんですか」


 当然の疑問だろう。いきなり部屋に押しかけてきて、有無を言わさずあれやこれやと一方的に指示されるのだから。


「航太君が買った箱の正体を解明しておこうと思ってね。このままじゃ落ち着かないだろう?」

「箱の正体――」

「はっきりさせたくはない?」

 航太君は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめて、「何をすればいいんですか」とたずねた。

「念のために確認したいんだけど、航太君がこの箱に念じたのは、まだ一回だけということで間違いないね」

「はい」

 東堂さんは、「では」と言って、自分の前に置いていた箱を椅子に座る航太君の足元に押しやった。


「今から箱にこう念じてほしい。『ここにいる守山君の背中を掻いてください』って」

「えっ」「は?」

 航太君とぼくは同時に声を出した。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それって何の意味があるんですか。もし本当に念じたとおりになったらどうするんですか」

「もちろん、この箱に書かれていることが本当かどうかを試すためにやるんだよ。『ネンズレバ イカナルトコロモ カケルマゴノテ』なんだから、キミの背中を掻くこともできるはずだ。そして航太君が念じたとおりになれば、キミは背中を掻いてもらえるんだからありがたいことじゃないか」

「ありがたくないです。今ぼくは背中が痒くないんです。いや、そういう問題じゃない。もし痒くても嫌ですよ。怖いというか気持ち悪いというか、とにかく嫌です」

「協力的じゃないなあ。この話をボクのところに持ってきたのは守山君、キミなんだろ。さっきも確かめたけど、キミはボクを信用しているんだよね。だからなんとかしてほしいって泣きついてきたんだろ」

「それは、まあ、そうですけど」

「じゃあ潔く実験台になりなさい。つぐみさんもキミを信頼して相談を持ちかけたんだ。その思いに応えなきゃね。で、航太君の方は大丈夫かな」

「誰にも迷惑をかけないんですよね」

 おいおい、やる気なのか。

「約束するよ。A=D、ボクを信頼してほしい」

「わかりました」

 航太君は椅子から立ち上がり、半歩ほど前に出て床の上に正座をした。


 本当にやるのか。ぼくはまだ許可していないのに。

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