第59話

今日も三浦さんが後片付けを引きうけてくれたから、その時間でメイクとヘアセットを完成させた。


 三浦さんから言われたとおり、見えるところにつけられたキスマークを隠すためのタートルネックにセンタープレスのチェックパンツを選んだから、女性らしさをプラスするために今日は巻いた髪を低い位置のポニーテールにして、少しおおぶりのピアスをつけた。



「三浦さん、準備出来たよー」



 声をかけると、換気扇の下で珍しく煙草を吸っていた。


 私に気づき、まだ残っていた煙草を携帯用灰皿に捨てて口をすすいでいる。



「三浦さんが煙草吸うところ初めて見た」


「昔は吸ってたんだよ、今は吸わないけど。昨日もらったから久々に吸ってみたんだけど、違和感しかない」



 いつもと違うことをしたかったのは分かったけど、その理由までは知ることができなかった。


 出勤前にもう一度キスをしたくて、「キスしたい」って言ってみたけど、「苦いから今はだめ」と言われて軽くショックを受けた。



 若干ふてくされ気味の私は三浦さんより先に玄関の外に出て、三浦さんが鍵を閉めるのを確認してから先に歩き出した。



「まーほ、拗ねてんの?」


「拗ねてないよ」


「何に拗ねてんの?」


「……別に」


「キスできなかったこと?それとも、苦いキスって誰に言われたか嫉妬?」


 三浦さんが”分かってて”聞いてきたことに気づいて、抗議するために振り向いたら…



「――――っ」



 エレベーターのボタンを押す長い腕で私を扉に抑え込みキスをした。


 触れるだけのキスを3回繰り返しているとエレベーターが止まる合図が聞こえると、三浦さんに力強く引っ張られ、固い胸板に抱きとめられた。



 まだ誰も乗っていないエレベーターの中に2人で入ると1階を目指して下に降りていく。




「さっきはキスしないって言ったのに…」


「もう苦いの消たから」


「…そうだけど、」


「だいだい、煙草味のキスが苦くて嫌だって言われたのは俺じゃなくて、真穂の”元カレ”だろ」



 ――――ピンポーン


 エレベーターが下に着いた合図を鳴らして扉が開いた。



 三浦さんは先に降りて駐輪場へと向かってしまう。


 私はすぐに思い出した。


 琢磨さんもたまに煙草を吸っていて、私は煙草のあとのキスが苦くて苦手だった。


 それを言えなくてどうしようって悩んでいるのを三浦さんに相談したことがある。


 三浦さんはそれを覚えてたんだ…。


 

 先を歩く三浦さんに駆け寄って、躊躇しながらも右手を繋ぐと三浦さんも握り返してくれた。



「今日はバイク?」


「真穂が珍しくパンツだから」



 ……それは三浦さんの言いつけを守ったから。

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