第53話

夜の7時を過ぎた頃、約束していた繭ちゃんから「着いたよー」とラインが入り、すぐにお店の扉が開いた。


 スマホから扉へと目線を移すと、怒っているような心配しているような、色んな感情がぐちゃぐちゃになっている顔をした繭ちゃんがいた。


「繭ちゃん!」


 暗い店内で私を探している繭ちゃんに、席を立って「ここだよ繭ちゃん!」と知らせるとすぐに気づいてくれた。


 こっちに向かって歩き出した繭ちゃんは私のいるテーブル席までつくと、勢いよく私を抱きしめた。


「うわ…っ!!」


 驚いて転倒しそうになるけど、繭ちゃんは抱きしめた腕を離そうとしない。


 ぎりぎり鳴りそうなぐらい強く抱きしめられてから離れた繭ちゃんの表情に”安堵”もたされて、より複雑な表情になっていた。


「繭ちゃん、心配かけてごめんさない」


 繭ちゃんは顔を横に激しく振って「真穂は悪くない、元カレが全部悪い!」と言い切った。


「……話、時間かかっちゃうけど、繭ちゃんに聞いてほしい」


「もちろん、今日は飲むつもりで来たよ~。和希に真穂のことも頼まれてるし。今日ラストまで一緒にいるんでしょ?」


「うん、なんか、一人で家にいるの怖くて」


「こういう時は素直に皆に甘えていいのよ。たまに朔眞が使ってる部屋の合鍵あるから、そこで仮眠とってもいいし。とりあえず飲もう飲もう!」


 繭ちゃんがカウンターに目を向けると、すぐに気づいてくれたオーナーが俺がいくよって手をあげて合図をしてくれた。


 繭ちゃんと向い合せで座って、軽食メニューを選んでるとすぐにオーナーが来てくれて、繭ちゃんは飲みやすい甘いカクテルを頼む。


 私はさっき飲んでたカクテルに近いお酒でアルコールを弱くしたものを頼んで、軽食はつまみのナッツ類にした。



 お酒が届く前から繭ちゃんは様子を聞く気満々で、私はさぐりを入れるようにどこまで知ってるか聞いてみた。


「私が実際に状況を見たのは木曜日からかな」


「繭ちゃん、木曜日来てたんだ……」


「私が来たのが21時過ぎで、ちょうど和希がテンパってるときだったよ」


「え……、三浦さんが?」


 自分が考えていたところ以外からの話の展開にびっくりしていると、オーナーがお酒を届けにきてくれた。


「うん、すごいテンパってたよね」


 繭ちゃんがお酒をテーブルに並べてくれるオーナーに聞くと、「そうだね。すごく心配してたよ」と教えてくれた。


 メニューを置き終えたオーナーはふたりの空間を邪魔しないようにすっと離れて、続きが話しやすい状況をつくってくれた。

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