第52話

また少しの間リビングで寝てたみたいで、目を覚ましたのは覚えのあるキスの感触を感じたから。


 ゆっくり目を開けたら、私を見つめる優しい目をした三浦さんがいた。


「……今、キスした?」


「可愛かったから」


 笑った三浦さんが見えたと思ったら、もう一度唇が重なった。



 触れるだけのキスに物足りなさを感じるのに三浦さんはそうじゃないみたいで、簡単に離れてしまった。


 ちょっとだけ拗ねた気持で三浦さんを見つめたんだけど、セットされた髪の毛や準備された上着とバックが近くに置いてあって、もうすぐ出勤することが理解できた。



 三浦さんの家に戻ってきたのに、私が寝ていることが多くて全然一緒にいれなかった。


「寂しいな……」


 昨日のことは自分の中で解決した問題だけど、自分の気持と心は違う働きをするみたいで、三浦さんとのことも距離感がつかめなくて、少し辛い状況だった。



「真穂、一緒にくる?」



 ソファーに座る私の目線にあうように膝をおって座る三浦さんが私の手を握って聞いてくれた。



「オーナーは事情知ってるし、疲れたら裏のバックヤードで休めるように準備するから。繭も今日は来るんじゃないかな?」


「……一緒に行ってもいいの?」


「いいよ。真穂も大事なお客様だし、俺にとって特別な人だよ。開店準備中は一緒にいてやることできないけど、落ち着いたら真穂のところに行くようにするから」


「一緒に、行く。だけど、気持ちだけで充分だよ。三浦さんの大事なお客様を優先してほしい。それで、気持ちだけでは私のことを忘れず思い出してくれたら充分だから……」


「うん、そうする。目の前のお客様を大事にしてても、視界にいつも真穂がいるから、気にならないように頑張るよ」



 そんなことないもん。


 この仕事が好きな三浦さんはお酒の勉強もお客さまの情報も、お客様と接する時間も、料理も掃除も、全部手を抜かない。


 全てはお客様のためだって、知ってるもん。


 だって私は、お客様を大事にするバーテンダーの”三浦和希”に私も救われたんだから。


 そのバーテンダーに自分を優先してくれるなんて言葉を言ってもらえただけで充分すぎる幸せだよ。


「私も急いで出かける支度する!!」


 ソファーから勢いよく立ちあがってリビングの扉に向かうと、三浦さんが私を呼びとめた。



「真穂!」


「はいっ!!」


 勢いよく呼れたから私も勢いよく返事をした。


「さっき約束した通り、スカートと首元開いた服を着るのは禁止。もし破ったら、今日は店で最後までやるから」


 真剣な目で見られて、あの時スカートを穿いていたこと、恥ずかしかったのに気持ち良かったことを思い出して、「絶対穿きません!約束守ります!」と叫んで自分の部屋に逃げた。

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