第36話

ココアを飲み終わる頃には落ち着いていて、由香も様子に気づいて話を振ってくれた。


「ねえ真穂、まずはその頬を冷やさない?」


「……うん」


「すごい痛いでしょ、用意してくる」


 由香は立ちあがってまたキッチンに行き、冷凍庫から氷を出して準備している音が聞こえてくる。


 戻ってきた由香の手には冷やされたタオルと、水と氷が入ったボウルだった。


「飲みものもつくってくる」


 私にタオルを渡すと今度はコップを2つ持っておかわりを作りにいった。


 その様子を見ながら私は用意されたタオルを頬に当てると、冷たくて気持ちよかった。


「今度はカフェオレにしたよ~」


 戻ってきた由香にお礼を言ってコップを受け取り、由香が前に座ったタイミングで本題を話始めた。


「突然来てごめんね」


「うんん!全然いいよ!」


「……出来れば、今日泊まってもいいかな?」


「え、いいけど…三浦さんとケンカしたの?」


「うんん、ケンカはしてないんだけど…」


 三浦さんのことを先に話すには、さっきの光景が頭をよぎって辛すぎるので、言葉を濁してしまうと由香が話題を変えてくれた。


「いいよ。今日泊まって!で、まずはその頬のことから聞きたいんだけど、どうしたのそれ。誰にやられたの?」


「……新垣さやかさん」


「……誰?」


「秘書課の、琢磨さんの同期で…今カノ」


「え!真穂、修羅ばったの!?」


「結婚前提のお付き合いしてるんだって。婚約することも決まってて、琢磨にちょっかい出さないでほしいって」


「えええーー…ちょっかい出されてるの真穂じゃん。叩かれ損だよ…こんな痛い思いさせられて…」


「私からはしてないって言おうとしたらビンタきちゃって、それ以上怖くて言えずに」


「…三浦さんには話した?相談するって言ってたよね?これ、相当ヤバいことに巻き込まれてるよ?」


「相談しようと思って行ったんだけど…」


 そこまで話して浮かぶのは、三浦さんと美女の光景。


 止まったはずの涙がまた溢れてきて、由香が背中をさすってくれる。




「三浦さんが綺麗なお姉さんと親密にしてるところ見ちゃって、逃げてきちゃった…っ、自分がこのままの関係で充分幸せだって甘えていたのに、いざっ、そうやって仲のいいとこと見ると…っ」


「そうだったんだ、それでうちに来たんだね」


「逃げちゃった、自分が甘え切ってただけなのに…っ」


「いいよ、もう、今は考えなくていいから」




 由香のお風呂上がりの優しい匂いと声に包まれながら、私はまだ止まる様子が見えない涙を流し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る