第35話

「い、行かなきゃ…」


 やっと出た言葉は震えていた。


 肩から地面に落ちたバックを持って立ちあがり、痛む頬を無視してRedMoonへの道を歩き出す。


 三浦さんに、会いに行かなきゃ。


 三浦さんに会いに行って、相談する。


 そして、三浦さんに素直に言おう。



『辛い』


『痛い』


『三浦さん、抱きしめて』



「――――っ、助けて」



 声と一緒に涙が出ていた。


 重い足取りと歪む視界でRedMoonに続く地下階段を下りて扉を開く。


 後ろでゆっくり扉が開いて顔を上げると、いつもならすぐに気付いてくれる三浦さんが、カウンターに座る綺麗なお姉さんとの会話に夢中で、私の来店に気付いてくれなかった。



「―――――っ」



 お姉さんが新垣さんに被ってみえる。


 あんな綺麗な人なら、三浦さんと付き合えるかもしれない。


 茫然と立ったままの私の視界に映ったのは、お姉さんが三浦さんの顔に手を伸ばす瞬間と、顔を近づける三浦さんの姿。


 薄暗い店内でも、私にははっきり映って。


 頬にまた一粒の涙が伝ったのがわかった。


 私は音を立てないようにゆっくり後ろの扉を開いてお店の外に出た。


 もう堪えられないと崩壊した涙腺が私の視界を邪魔する。


 降りた階段を登って上まで戻り、いつもの帰り道に足を向けたけど、……帰りたくなかった。


 もう、三浦さんの元にも帰りたくない。


 もう、帰れない。


 私は大人しい飼い犬にはなれない。


 三浦さんのこと好きになり過ぎて、苦しい。




 家に向かう道とは反対方向に向き直り、私は歩きだした。







 ―――ピンポーン




 夜の空気に響き渡るインターフォン。



 応答なくすぐに扉が開いて、姿を見せた由香がびっくりした顔で私を見た。


 多分、画面で誰が確認して私がいたからすぐに開けてくれたんだと思う。


「真穂、どうしたの?なんで泣いてるの?…ねえ、顔腫れてるよ!?」


 もう言葉なんかでなくて、情けなくボロボロ泣くことしかできなかった。



 反論できなかった。


 言えなかった。


 逃げてきちゃった。



「とにかく入って!寒かったでしょ…」


 由香に肩を抱かれておうちの中に入れてもらい、先に部屋に戻った由香に続いてブーツを脱ぎ、


「お邪魔します……」


と中に上がらせてもらった。


 廊下を抜けてリビングに入ると、奥のキッチンで飲み物を作ってる由香が見えて声をかけてくれた。


「すぐ戻るからくつろいでで」


 その言葉に甘えてラグの上に座り込み、上着を脱いで由香の戻りをまった。


 由香はボードに2つのマグカップを持って戻ってきて、私の前にあるローテーブルに置いてくれた。


 中身はホットココアで、由香に渡されて私はすぐに口に含んだ。


「飲んで落ち着いたら話、聞かせてね」


 由香の優しさに身も心も温まった。

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