第34話

今日はちょっと残業になり、会社を出れたのは19時過ぎだった。


 腕時計で時刻を確認しながら会社前の階段を駆け下りる。


 もうちょっとしたら混みだして話ができなくなっちゃうから、急がないと…!






「橋本真穂さん?」






 階段を降り切った辺りで私を呼ぶ声が聞こえた。


 聞き慣れない声に違和感を感じながら振り向くと、モデル並みに綺麗なスタイルと顔立ちの美人な女性が立っていた。


 スカートから覗く美脚も、ウエストを強調されたくびれも、きれいに巻かれた茶色の髪も、全てが完璧だと感じさせた。


 見たことある、…知っている。


 この人は、秘書課の新垣さやかさん。


 琢磨さんの同期で私が遭遇した浮気相手で、現彼女。


 私が立ち止まったのを確認して、綺麗な長い足を動かし新垣さんも私の目の前まで階段を下りてくる。


 私はその間、身動きもとれず今後の展開を頭の中で色々考え、嫌なことしか浮かべることができなかった。


「今日はこれから帰るんですか?」


 綺麗な顔で笑う新垣さんは、笑っているのに冷たさと怖さを感じてしまい、無意識のうちに半歩後ろに下がっていた。


「は、はい……」


「琢磨と会うんですか?」


「え……」


「琢磨と連絡取り合ってますよね?」


「い、いえ!私は…!!」


 私の反論は最後まで届かず。


 ―――――パーンっ!!


 大きく振り上げた新垣さんの右手が私の頬に入って乾いた音が大きく響いた。


 私は一瞬で感じた痛みがしびれに変わり、すぐに顔を上げることができずに茫然となった。


「私と琢磨は結婚を前提にお付き合いしていて、もうすぐ婚約もするんです。意味、わかりますか?」


「……はい」


「浮気相手の分際で、いつまで琢磨にしがみつくの?橋本さん、新しいお相手もいるんですよね?」


「………」


 香水の匂いが強くなって顔をすぐに上げると、怖い顔でほほ笑む新垣さんの顔がすぐ目の前にあって、そのまま耳元に顔を寄せてトドメの言葉を続ける。


「人の幸せ奪って楽しい?あんた、琢磨に捨てられてすぐに男作ったんでしょ?人の男にちょっかい出さないでくれるかな?」


「……っ」


 耳元から新垣さんの顔が離れる気配を感じて一瞬、緩んだ緊張感もすぐに消えた。


 新垣さんに首元を乱暴に掴まれ、



「最低ビッチ、二度と琢磨に近づくな…!!」



 そう言われて突き飛ばされてた。



 新垣さんは上から倒れる私を睨みつけて、その場から去っていった。


 私は頭の中が混乱していて、されたこと、言われたこと、状況を一度に放りこまれて、震えだす体を一生懸命腕をさすって落ち着かせることしかできなかった。

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