第8話

小さな沈黙も怖かった、でも、ササの口から答えを聞くのも怖かった。

このまま時間が止まればいいと思った。

だって、だって、現実はこんなにも冷たい。


軽く掴まれたはずの私の腕は、私に比例するようにどんどん熱を失って冷たくなる。


「……最初から気づいてた」


一瞬、もしくは一呼吸、息が止まった。

呼吸が、出来なかった。

堪えてた涙が今度こそ湧き上がる、自分の感情のせいだけど、今すぐここから逃げ出したかった。


積み木のような幸せが、音を立ててガシャガシャと壊れていく。


怖い、怖い、怖い。

でも確かめないといけない、言葉にしなければいけない。

もう崩れ始めた関係は、このままにはできないんだ。


「……ヤマも、…」


この先が聞けなかった、怖くて言葉に出来なかった。

ヤマも、”気づいてる?”

一番怖いこと、一番、知りたくないこと。

なんで、いつもみたいに、楽しみにしていたバイトで、大和に会える休日で、いつもみたいに三人で楽しく働いてて、なんで急にこんな冷たい時間になっちゃったの?


唇をかみしめてササの顔を見た。

いつもみたいな顔じゃなく、ササは、泣きたいような顔で私を見ていた。


小さな声で、大和は気づいてないよ。と言った。


「気づいてんのは、俺と、多分店長もだろ?」


私に問いかけるようにササが言う。

ササは、店長が気づいていることも、全部、全部わかっていたんだ。

”全部”わかってるんだ…


私に対する鈍感とは、こういう意味だったんだ。


ぎゅっと、強く唇をかみしめる。


泣くな、私はこの場所を失いたくない。

どんな結末でも、泣きたくなる気持でも、今ここで泣いたら、大好きな場所まで失ってしまうから。


「はる、今日一緒に帰ろう」


「……やだ」


「拒否すんな、もうここまで踏み込んだんだ、逃げんな」


「……っ、」


「もうちょっとで終わるから、泣くな」


泣かせてるのササじゃん!!、といつもみたいに反論できなかった。だって油断したら、私は絶対泣く。

もう、逃げられない、今日、私は向き合うんだ。


伏せてた顔を上げて、笑顔でササを見た。

にーっと笑う私の頭をなでて、ササはキッチンに入っていた。


様子を見てから、レジ点検をするのだろう。

私はお水の入ったポットを持って、お客様の様子を見に行った。


キッチンから戻ってきた大和と目が合う。

いつもと変わらない、黒髪の似合うきれいな瞳の大和。




大好き、ヤマ、大好き。



私はいつも通りの笑顔で大和に笑顔で応えた。

大和も笑顔で応えてくれて、中間のお皿を下げに行ってくれた。


ここが好きだから、逃げないで、笑顔で働くのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る