第44話
全ての話が終わった後に部長が何かを話していた気がするけど、私は何も覚えてなくて、周りの動作を真似して拍手をするだけしかできなかった。
話が終わり、各々がデスクや会議スペースに向かう中、私はその場から動くことができなくて、茫然と立ちすくんでいた。
風の動きを少し感じたところで、懐かしい匂いが鼻を掠めて、気付いた時には部長が私の横を通り過ぎていった後だった。
手を置かれた肩が熱を持って痛く感じた。
”頑張れよ”
最後まで部長は部長だった。
部下思いの最高の上司だった。
近くにまだいるうちに、まだ会えるうちに、伝えたいことは伝えないと一生後悔する。
私も、未練は残しても後悔は残したくない。
今できることをする。
そのためにはまず、今の自分の仕事を終わらすこと。
デスクに戻り任された企画書を抱えて、先輩たちの待つ会議スペースに席につき、仕事に真剣に取り組んだ。
もちろん、今までだって真剣だった仕事を、今以上にまじめに取り組んだ。
私に残された時間はもう少ないから。
絶対、話せるうちに捕まえるんだ。
「莉緒…!!」
仕事を終わらせた私は、あと一週間で他の部署に異動する莉緒を、会社のゲートを抜けて外の街に溶け込む寸前で呼びとめた。
莉緒は私の声に一瞬びくっと肩を揺らして、ゆっくり後方にいる私に向き直った。
「……日菜子先輩」
足を止めて私と向き合ってくれたことを確認して、すぐに莉緒の傍まで駆け寄り、莉緒の震えて小さくなった腕を掴んで「離れる前に話がしたい」と真剣に伝えた。
「……はい」
莉緒は決意を固めた様子で、私と一緒に並んで歩きだした。
どこで話をしようか迷っているときに、「最近できた噂のカフェにまだ行けてないんです。せっかくなので、日菜子先輩といきたいんですが、どうですか?」と、声をかけてくれた。
私は即答で「行きたい!行こう!」と返事をしていた。
先を歩く莉緒に続いて向かうと隠れ家のような花や木が色とりどりに植えられた道を抜けると、アリスの世界に迷い込んだような世界感の建物が顔を出した。
中に入ると可愛い装飾たちに囲まれたウッド調のカフェがあった。
雰囲気が自分たちの部署に似ていて、セットで置かれたテーブルとソファたちが全部違うもので用意されていて、私たちは少し奥まった空間の席に案内された。
お腹も空いていたから簡単な軽食も頼みながら、先に頼んだ飲みものが届くのを待った。
その間、少しの沈黙があったけど、以前より重く感じる事はなかった。
お互い、色んな意味でふっきれた部分があるのかもしれない。
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