第40話

「ううん、最後にこうやって向き合う時間を作ってくれてありがとう。俺は、日菜子を幸せにできないけど、今まで過ごした時間は幸せだったから、こうやってちゃんとお別れできるのが嬉しい」


「翔真、私も、私も幸せだったよ。翔真と過ごした7年間も、きっとこれから先の未来だって、翔真といたら幸せだったと思う。ただ……」


 ”私が翔真以上に好きになる人ができてしまった”


 大好きな人を傷つけて自分のことしか見えなかった私が、傷つけてきた人たちから目をそむけて逃げ込んだ場所で、翔真以上に好きになる人を作ってしまった。


 どう考えても最低なのは私で、翔真は悪くないよ。

 泣かせてごめんね。

 最後まで私を守ろうとしてくれてありがとう。

 翔真に私は最後まで愛されてこの恋を終わりにするんだね。

 私にはいつ天罰がくだるんだろう。

 

 きっと、欲しくても欲しくても手に入らない部長が私への天罰だ。




 翔真とこれから先もずっと一緒だと信じていた。

 翔真と結婚して専業主婦になることだって考えていた。

 仕事を続けたいなら、正直に話せばよかった。

 仕事を引き受けたときだって、素直にあの夜に話していたら、翔真とすれ違うことも、傷つけることもなかったかもしれない。


 そしたら、今とは違う未来が待っていたかもしれない。

 この先も変わらず、翔真とふたりで歩いていけたかもしれない。

 

 たった一つの小さな小さな溝が作った歯車が、私と翔真の未来を大きく大きく変えてしまった。


 もしあの時、仕事を断っていれば。

 もしあの時、すぐに翔真に相談していれば。

 もしあの時、翔真の変化にすぐ気付いていれば。

 もしあの時―――


 そうやっていくつ並べても、私は部長と過ごした時間を大事に感じてしまう。

 もうひとつの選択を選んだ未来と、今の私が手にした時間を比べたら、どちらも同じぐらい大切な時間だった。



 こうやって翔真の背中に腕を回すのはこれで最後なんだ。


 何十回も何百回もこの腕の中で幸せを感じて、何十回も何百回もこの腕の中で眠りについて、何十回も何百回もこの温もりに恋をした。


 もう二度と戻らない翔真との時間を噛みしめて噛みしめて、私はこの部屋を後にする。

 荷物はまた改めてとりにくるけど、その時には私たちは完全な他人になっている。


 きっと簡単に幼なじみに戻ることもできない。

 私と翔真の過ごした時間は、簡単に書き換えられるものではない。


 私はいつも翔真に背を向けて、翔真はいつも、そんな私を送りだしてくれるんだ。

 最後の最後まで、私は翔真に守られてここを離れた。

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