王子様にさよならを。
第39話
合鍵で鍵を開けて玄関を開けると、懐かしい匂いに2人の記憶が蘇る。
「……ただいま」
泣きたい衝動を堪えてパンプスを脱ぎ、リビングに足を進めると、ソファーに座ってカーテンの向こうを見ていた翔真の姿があった。
「翔真、ただいま」
声をかけると視線を私に向けて笑った翔真の顔は、私が知らない顔だった。
私はショルダーバックを下ろして、翔真の隣に座った。
離れている間にできた2人の緊張感に心臓が少しだけ早く鳴りだした頃、翔真が確信をつく言葉を紡ぎ始める。
「日菜子、……ごめんな」
「……翔真」
私を見る翔真の目は、ゆらゆら揺れる儚げなものだった。
「私は、翔真のことちゃんと見えてなかったよね。怖がって、翔真と向き合うことをしなくて、あの時ちゃんと話していれば、仕事のことちゃんと話して、自分を優先するんじゃなくて、翔真のことちゃんと見れていたら、傷つけなくて済んだよね…?」
「違う、違うんだ、俺が、俺が、日菜子から色んなものを奪ってた。俺は、日菜子の好みも、日菜子の仕事も、日菜子の気持ちも、奪ってたんだ…」
「奪ってなんか、私が自分で選んで…!」
「部長なら、違ったと思う」
私の言葉を遮るように話した翔真の言葉に、私は何も言えなくなった。
思考が止まった私に翔真は会話を続けた。
「俺は、日菜子は仕事が好きだろなんて断言させてやれなかった。俺は、日菜子の好みを尊重させてやれなかった。俺は、自分のことを優先してほしくて、仕事を頑張る日菜子を許せなかった。俺よりも、日菜子を理解していて、日菜子の良さを引き立てる部長に嫉妬して狂ってた」
「………」
「自分のことしか考えてなかったのは日菜子じゃない、俺だよ。俺が、日菜子に言わなくてもわかるだろって自分の理想を押し付けて、日菜子の気持ちを優先さえしなかった。自分が一番わがままで、日菜子を傷つける行為をいくつもした」
「そんなこと…」
「俺が日菜子を好きな気持ちは、日菜子を幸せにできるものじゃない……」
十数年も一緒にいて、7年も恋人だった翔真の涙が、私と翔真の恋の終わりを知らせてくる。
自分でも、この恋の終わりを考えていたのに、いざ別れが目の前にくると、走馬灯のように過ごした時間が流れてきて、辛くなる。
好きだった、大好きだった翔真と私は他人になるんだ。
ここで過ごした時間だって、たくさんあったのに。
「翔真のせいじゃない、私が、仕事を引き受けた日にちゃんと話していたら、……わたしがずっと、翔真を裏切って傷つけて、大事な人が私のせいで傷ついていることに気づかないで、莉緒まで追い込んでいた、ごめんなさい…」
翔真と向き合って頭を精いっぱい下げると、懐かしい香りとともに翔真の腕の中にいた。
もう涙を堪えることなんてできない。
「三か月も、連絡しないでごめんなさい、私に落ち着くまでの時間、与えてくれてありがとう……翔真を傷つけたままだったのに、私の気持ちを優先してくれてありがとう…」
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