第34話

部長からお風呂が溜まったことを伝えられ、遠慮していたら浴室まで腕を掴まれ連れて行かれたので、素直にお言葉に甘えることにした。


 部長がしばらくはソファーで寝ると言ってくれたが、私がそれに耐えられないからと攻防戦を繰り広げ、たまにはあいつの近くで寝たいから、といった部長の一言で撃沈した私は大人しくベッドを借りることにした。


 部長は私が大人しくベッドに入ったのを確認すると「おやすみ」と声をかけて寝室の扉を閉めて、多分、お風呂に向かったんだと思う。


 私は昨日から今日にかけて体も心も休まる暇がなく蓄積した疲労に悲鳴をあげていたので、部長のおかげでゆっくり温まった体と翔真の気配が一切感じられないふかふかのベッドで、深く深く眠るように夢の中に堕ちていった。


 スマホの電源は入れたままにしてあったけど、翔真から連絡が入ることも一切なかった。

 それをなんとも思わず、私はただただ今は現実から逃げたかった。
























 アラームをかけずに寝たはずなのに、ぱちっと自然に目があいて、周囲を見渡すと見慣れないインテリアに知らない服を着た自分に悲鳴を上げる寸前、ここが部長のマンションで、部長の部屋着を借りたことを思い出した。


 枕元に置いたスマホで時刻を確認するとまだ朝の7時を過ぎたあたりだった。


「思ったより早く起きれたな……」


 昨日もなんだかんだで寝たのが12時近くで、今日はこんなすっきり起きれないだろうと思っていたのに、しっかり睡眠がとれて頭も体もすっきり快調だった。


 なるべく音を立てないように寝室の扉を開くと、足音に気を付けながらリビングに向かうと、ソファーからはみ出る長い足とソファーからはみ出るブランケットの存在を確認できた。


 部長はまだ寝ている様子で、ここの扉も音を立てないように開いて中に入ると、ソファーの向かいのローテーブルに並んだ書類の数々が目に入る。


 部長が昨日会社の前にいたのって、仕事の用があったからかな。

 きっとこうやって休日も仕事をしながら、私たち部下のこともちゃんと見て、サポートしてくれてたんだな。


 見ちゃいけないと思いながらも好奇心を抑えられずに後ろを振り返ると、無防備でいつもより少し幼く見える部長のきれいで整った寝顔があった。


 会社の時とも違う、昨日の休日の時とも違う、何もセットされてないサラサラの髪に近くでみてもきれいな肌、自分から香る匂いと同じ香りが鼻を掠めて、なんだか頬が赤くなるのを実感した。

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