第33話

部長が帰りに寄ってくれたコンビニで下着の替えとメイク落としとスキンケア一式など、簡単に揃えられるものを購入して、駐車場についてもまだ躊躇する私の腕を掴んで部長のマンションまで来てしまった。


 部長は何も言わず部屋のロックを解除すると中に足を踏み入れた。 

 腕を掴まれたままの私も流れで家の中に入るが、明かりはひとつも付いてなくて、一瞬だけ翔真と莉緒にはち合わせた自分の家を思い出して怖くなった。


 慣れた手つきで明かりをつけながら中に進んでいく部長を追いかけるため、脱いだパンプスを整え後に続くと、リビングでずっと会ってみたかった部長の奥さまの写真を見つけた。


 だけど、その瞬間私も全てを悟ることができた。

 今まで見せた部長の悲しい表情の意味、誕生日ケーキの話、女性物が置いてないこと、私が望んだ形での初めましてじゃなかった理由は、彼女の写真が飾られている場所にあった。


「……部長、……いつ亡くなってたんですか……?」


「結婚してすぐだよ」


「このことを知っているのは…」


「陸斗と瀬野部長と社長ぐらいかな」


「……ケーキ、部長が全部食べたんですね」


「次の日の胸焼けヤバかったよ」


 そうやって笑う顔も、事実を知った後だと全然意味が変わってきて、私が泣く意味なんてないのに、溢れ出る涙を堪えることができなかった。


 部長は、とても不器用な人だ。

 一緒に飾られてる生花がきれいで、手入れがちゃんとされてるんだとすぐに分かった。

 全部全部、奥さまのためだ。


「まだ、好きなら、声が届くうちは諦めるな。今がすっげー辛くても、逃げた後の後悔は一生残るから」


「……はいっ、部長が言うとより重みを感じます……」


「俺は後悔は一つも残ってないよ。ただ、未練はこれから先もずっと残ると思う、もっと一緒にいたかった、傍にいたかったって」


 そう言い残して、「お風呂入れてくるから溜まったら先入れよ」と奥の部屋に消えていった。


 私はそっと飾られた奥さまの写真の前に立って、手を合わせて初めましての挨拶をした。


「初めまして、部長の部下の二宮日菜子と申します。部長とは本当に何もないただの部下で、職場でも愛妻家として有名な一途な方です。奥さまと部長のように、私にも幼なじみから恋人になった人がいます。その人と小さなすれ違いから大きな溝ができてしまい、しばらくの間ここに置いてもらうことになりました。奥さまを傷つけることはこれ以上しません、よろしくお願いします」


 写真の中の奥さまは元々優しくてきれいな笑顔の女性だったけど、温かく迎え入れてくれたような気がした。

 想像以上にキレイで、きっと写真を撮ったのは部長だって分かるぐらい、とてもとても可愛い女性だった。

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