歯車 five

きっと、もう、手遅れだった

第31話

たくさん泣いた顔は余計に腫れあがっていて、視界が狭くなって今後が心配だったけど、心はとってもすっきりして気持ちよかった。


 私が泣きやむまで待っててくれた部長は一度も時間を確認することなく、気が済むまでそっとしてくれた。


「だいぶすっきりしました!もう大丈夫です」


 私は今度こそ晴々した顔で部長を見た。

 部長も私の顔を確認にして、本当に大丈夫だと理解してくれた。

 一度だけ乱暴に頭をなでられた後、車に向かう部長の背中を見つめながら後に続いた。

 

 帰りの車は、行きよりも会話が減って沈黙が多くなったけど、気まずい沈黙ではなく心地いい沈黙だった。

 もうすぐ夕日が見れる時刻になる。

 

 海の香りにさよならして、これからの自分と向き合わないといけない。


「部長、本当にありがとうございました。家に帰ったら、今度こそ逃げずに翔真と話しあいます。大事にしたい人だから、ちゃんと、向き合います」


「……大事な人は、絶対手放すな。後悔は一生消えないからな」


 そう言って笑った部長の顔に、それ以上何も言えなくて、私は静かに「はい」と返事をすることしかできなかった。

 時折見せるこの表情の真実にいつか私は触れることができるかな?


 そんな資格、私には一生ないのに、な。






 部長の好意で、マンションから視覚になっている場所で下ろしてもらい、翔真の待つ部屋に戻ってきた。


 朝ここを飛び出した時よりも戻ってきた時の方が何倍もバクバクしている。

 出かける時に持ち出した新作のパンプスは部長に預かってもらった。

 翔真がそれに気づいたときなんて言い訳しようか悩んだけど、今まで付いてきた小さな嘘が大きくなって翔真を傷つけた。


 だから、全部正直に話して、ちゃんと、2人の今後を話そうと決めてきた。


 慣れた自分の玄関が知らない誰かの部屋のように重く感じる。

 静かに開けた扉の向こうは明かりがひとつもついていない、真っ暗な空間で、思わず翔真がいないのかと思ってスマホを取り出すと、スマホの光で翔真の靴が確認できて、その近くに見慣れないパンプスを見つけた。


 心が急にバクバクと騒ぎだして、ここから逃げてと信号を出す頭を無視して、私はなんとなくの勘と確信を捨て去るために、無造作に開けられたままの寝室の扉の向こう側に目をやると、



「――――――ッ……!!」


 息が止まった。



 私の目の前に広がる世界は、翔真と莉緒の交わる行為だった。




 全てが取り返しのつかないところまで来てしまったことを、バカな私は初めて知った。





 私が寝室に入ってきたことに気付いた翔真の目は無機質で、私さえ見えていないように見えた。


 そして、翔真の下にいる莉緒の顔は、涙で濡れて、見ている私まで痛みが伝わるほど傷ついていた。


 私はその場から逃げたい一心で外に飛び出した。


 私が招いた結果で、翔真と莉緒をここまで傷つけた現実を受け止められず、無責任に逃げ出してしまった。


 なんでここまで来る前に気付けなかったんだろう。 

 なんで、色んな人を傷つけるまで気付かなかっただろう。

 なんで私は、自分のことしか見えてなかったんだろう。


 もう涙は枯れてでないし、私には泣く資格がない。

 私が全部、全部、悪い…。

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