追いかけない王子様

第26話

日菜子先輩は何も見えてなかった、翔真先輩のことなんて何にも見えてなくて、何度も何度も日菜子先輩のせいで傷つく翔真先輩を私は隣でみてきた。


 部長から仕事の企画を任されたことを、日菜子先輩はその後も翔真先輩に言わなかった。

 私の口から伝えた夜に送ったラインは朝になりやっと既読になった。

 いつも用がなければ返信は早い方の翔真先輩からの返事がなかったら、日菜子先輩が自分の口からも話したのかと思ったのに、返ってきた返事には「心配してくれてありがとな、日菜子の口からは聞けなかった、いつか話してくれると思う」と、珍しく弱音が書かれていた。


 この時から少しおかしいと思っていた。

 普段の先輩なら、大丈夫!心配ありがとなって、簡単に済ますだけの返事なのに、素直に気持ちを書くことなんて滅多にない。

 こんな分かりやすく意思表示が出ているのに、日菜子先輩は無視しているのか、怒りが湧いてきた。


 いつもは一緒に通勤している先輩たちが今日は別々で、たまたま一緒になった私は翔真先輩たちと同じエレベーターに乗り、翔真先輩の隣をキープした。

 下から盗み見た翔真先輩の表情が少しだけ怖く感じて、やっぱり様子がおかしいと思うのに、広報部のフロアで見る日菜子先輩はいつも通りで仕事をしているし、気にしている様子は感じとれない。


 それから休日以外は朝も夜も部長と話していることが多くて、遠目から見てもふたりのやりとりは楽しそうに見えた。

 部長は結婚している愛妻家だし、日菜子先輩だって翔真先輩にことが好きでそういう関係にならないってわかっているけど、私の目に映る2人は苛立ちを倍増させていった。


 少しでも日菜子先輩との時間を作ろうと、翔真先輩は何度も私たちのフロアに足を運んでいたのに、日菜子先輩は一度も気づくことがなかった。


 一度も気づかず、翔真先輩の前で楽しそうに会話を交わす姿を見せつけた。

 その度に、翔真先輩がどんな顔でいたのかこの人は絶対分かることができない。

 任された仕事が楽しくて、こんなに日菜子先輩を大事に思う翔真先輩のことを忘れて、翔真先輩が傷ついていることさえもう分からないんだから。


 私は黙って翔真先輩の腕をとって一緒にフロアを後にした。

 何度も何度も、私がそうやって先輩の前からあの景色を消した。

 何度も何度も、私だけが翔真先輩の傷ついた顔に気づいて、何度も何度も抱きしめて傷を癒そうとしたのに、翔真先輩には日菜子先輩が必要で、私に代わりなんて勤まらないと思い知らされた。

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