第25話

「当事者同士が幸せなら外野が口を出す必要もないし見守るべきだと思ってた。最近になって、二宮の様子が少しおかしいと思って気になりだして、もしかして、本当は仕事をやりたいって気持ちを出せずに苦しいのかなって…」


 あの日、初めて部長から企画の担当の話を貰ったし、ずっと朝から書類と睨めっこで真剣に考えこんでいたのは、私のことを真剣に思ってくれていたからなんだ…。


 鼻の奥がつ―んとこみあがる。


「今回この仕事がきた時に直感で二宮に任せたいと思った。けど、二宮と田中のことを考えると……、最後まで悩んで今回が最後のチャンスだと思って、二宮に答えを託してみたんだ。ずるいよな、部下に決めさせて。話をした時に、悪あがきのように後悔が残ってたけど、引き受けた時の二宮を見て、やっぱ仕事好きだよな、我慢させて悪かったって思ったよ」


「そんな!部長は悪くないです!!私と翔真のこと考えて、私の気持ちをくみ取ってくれて、こんな部下思いの上司他にいません…!」


「……でも、今のお前見てたら、これが正しい選択だったと思えねえな……」


 私の瞳を見る部長の顔が傷ついた悲しい顔をしていて、「部長、は、何も悪くないのに…」とこぼした言葉と一緒に涙があふれ出た。


 部長はいつも言葉少なく私のことを救いあげてくれる。

 昨日何があったかなんて聞かない。

 人生経験は私の何倍もきっとあるし部長は大人だ。

 

 色んなことを考えてたくさん悩んで仕事を任せてくれたのだって、初日の部長の様子からも感じ取れたのに、私が自分で引き受けたのに翔真とちゃんと話し合うことが出来てなかったから、部長に心配かける事態になってしまったのに、部長はどこまでも部下を守ろうとしてくれるんだ。


「もしかして、私が心配で近くまで来てくれてたんですか…?」


「………」


 押し黙った部長が目線を外すとその場でしゃがみこんで海を眺めた。これが間違いなく肯定を示す意思で、私は隣にしゃがみこんで、声をわんわんあげて泣いた。


 ここなら部長しかいないし、自業自得なんだけど、痛かったから。体も心も引き裂かれて痛かった。翔真を傷つけたこと、翔真の目に「私」が映ってなかったこと。


 部長はその後も何も言わず、そっと私が泣きやむまで待っててくれた。時折、私の頭を優しく撫でる大きな手を感じた気がした。


 翔真だったら、日菜子は仕事が好きって言いきれたかな。

 翔真だったら、私に似合う色じゃなくて私が好きな色を選べるかな。

 翔真だったら、泣いてる私を放置しないかな。


 なんで、全部全部部長なんだろう。


 私の仕事が好きって気持ちも、仕事をしたいって気持ちも、

 私に似合う色じゃなくて私の好きな色を選んでくれるところも、

 こうやって心配で近くまで様子を見に来てくれてたのも、

 何も言わずに、何も聞かずに海まで一緒に来てくれて、

 私が泣いてる今も傍にいてくれるのも、

 いつもいつも私の事を助けてくれるのは部長なんだろう。


「部長、ッがいなかったら、……私、後悔したことたくさんあります、…っ部長がいてくれてよかった、ほんとに…ッありがとうございます…」


 ―――――グイッ、


 次の瞬間部長の腕の中にいて、強く抱きしめられる腕の中でふわっと香る香水が鼻を掠めて、なんだかほっとして……この人に愛される人が羨ましいと本気で思った。


 背中をさする手に、頭をなでる手に、この人に愛される奥さんに、嫉妬心が芽生えたことに気づかないフリをして、私は枯れるまで泣き続けた。











回り続ける歯車は、





私と翔真をどこに連れていくの?





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