翔真と私の真実は海の中
第13話
お昼休みから戻った莉緒の様子がいつもと違ったように感じたけど、私が莉緒の気持ちに薄々気づいていたのに翔真への気持ちを踏みにじったから、怒っているんだと思った。
このままじゃよくない、今日帰ったら翔真にきちんと話さないと。
翔真のことをないがしろにしたわけじゃない、結婚して家庭に入る前に自分の力で企画を成功させて節目にしたいって、きちんと話せば伝わるはず。
今まで、逃げ回ってなあなあにしてきたことと向き合うチャンスだと思って、ちゃんと今日話そう。
私はそう決めて午後の仕事に取り掛かり、無事に美里先輩の補佐の仕事を終えることができ、明日から新しい企画に入れることになった。
デスク周りを片づけて退社の支度をしていると、部長も珍しく今日はもう退社するらしい。
「部長がこの時間に帰るの珍しいですね!」
同じタイミングでフロアの扉を抜けたので、そのまま会話をしながらエレベーターに向かう。
「そうだな…今日は奥さんの誕生日なんだ、だから帰りに花とケーキでも買ってお祝いしようと思って…」
そう話す部長の表情は少しだけ悲しさを含んでいたのが気になったが、「奥さまお誕生日なんですね!おめでとうございます!」と返すと、嬉しそうに笑った。
部長の下に配属されて数年たったけど、こんなに優しい顔で笑う部長は知らなかった。
部長の奥様は、いつもこんな優しい表情を見ているのかな。
普段からクールで口数も少ない部長がどんな甘い顔で甘い言葉をささやくのか、少しだけ想像してしまって顔が赤くなった瞬間にエレベーターが開いた。
すると、なんとすっごいタイミングで営業部の北川さんと瀬野部長、そして翔真の3人が乗っていて、そこに私と速見部長の2人も乗ることになった。
もちろん全員退社するために乗り込んだエレベーターなので行き先は1階で、一番下っ端の私は肩身が狭い上に、公認彼氏の翔真と一緒で、しかも翔真は私と不自然なぐらい目を合わせないし…。
仕方なく速見部長たちの会話を盗み聞きして時間をやり過ごすことにしたら、北川さんから「今日、郁美の誕生日だろ?」と息が止まる話題がでた。
速見部長に話しかけた話題ってことは、奥様の名前が”郁美”さん?
後ろで聞いている私の様子を気にする感じもなく、同期で仲がいいと噂されている北川さんは久々に会えた友達に話すように会話を楽しんでいた。
「また今年もイチゴのケーキだろ?尚人は生クリームとスポンジのケーキ苦手なのに、郁美がイチゴじゃないと拗ねるから大変だな」
「そのおかげて毎年胃もたれだよ」
「俺も今年買っていこうか?」
「結構だ。来ても全部お前に食わせるからな」
「まじ勘弁」
楽しそうな2人の会話に、仲の良い同期という噂は聞いてた以上の仲だと思った。郁美さんを含めて3人での交流も多いのかな。
そういえば、私も含め広報部の皆も部長の奥様についての情報をあまり知らず、今日が誕生日でイチゴのケーキが好きなことも初耳だった。
エレベーターは止まることなく1階に下り、扉が開く瞬間まで2人の様子を見守っていた瀬野部長が、速見部長の頭をがしっと乱暴に撫でて「今日ぐらいはゆっくり過ごせよ」と話して颯爽と降りて行った。
速見部長も北川先輩も180前後あって高身長モデルのような2人なんだけど、瀬野部長も実は速見部長よりも高いというダンディなおじさまで、この会社の幹部の顔面偏差値の高さにも圧倒される。
将来的に翔真もその仲間入りしてそう…と自分の彼氏の顔に見とれていると、やっと翔真と目があったけど、じっと私を見つめる翔真の顔は少し怖かった。
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