第9話

「私も翔真先輩と同じ大学で学部も一緒の後輩になるので、今でも仲がいいんですよ?翔真先輩が日菜子先輩に何を求めているのか、どう思っているのか直接聞くことも相談されることだってあるんです」


「………」


 私は2人の関係を同じ学部の先輩後輩としかとらえてなかったけど、翔真から詳しい関係や仲がいいことなんて聞いたことなかった。

 こうして莉緒の口からはっきり聞くまで、私は翔真と莉緒の距離感も親密だった2人の関係も知ることができなかったんだ。

 

 そして、今までそれを気付かせなかった莉緒がこうやって言葉にして私に教え出したのは、私に対して”許せないこと”が出来てしまったから。

 きっと、一番最初に出た莉緒の言葉が、今の莉緒の怒りを一番はっきりと表していると思う。


「日菜子先輩、いつまでも覚悟を決められず翔真先輩の気持ちをないがしろに踏みにじるなら、離れる覚悟も持ってくれますよね」


 真剣に私を見つめる莉緒に、中途半端な覚悟しか持っていない私は簡単に言葉を出すこともできず、ただ黙って、莉緒の怒りを受け取るしかなかった。


「私はもう遠慮しませんから」


 そう言い残した莉緒は部署を後にした。

 

 この後すぐに莉緒が行動を移していたなんて知らず、莉緒の言葉に撃沈しながらデスクに戻った。


 お昼休みの過ごし方は様々で、うちの会社には社食が2つあり、これぞまさに社食!というような定食をメインとした好きなおかずを選んで食べれるタイプと決まった定食を選べるタイプの社員食堂と、デスクを持ち込んで仕事をしながらランチをとれるカフェスタイルの社員食堂があり、どちらも広々気兼ねなく使えるように広めに設計されていて人気が高い。


 支払いもICカードの社員証で読みこんで給料から天引きなので移動はICカードだけでことが済む。

 カフェタイプの社員食堂ならテイクオフできるので、自分のデスクで仕事をしながら食べることもできるし、簡単な軽食が入った自販機も存在しているので、仕事以外の面でもこの会社はすごいと思う。


 愛妻家の部長も入社当時はお弁当かと思ったけど、多忙で外回りや他部署の人たちと会議があったりするので、フロアにいるときは社食やテイクアウト、自販機の軽食で済ませて、外回りのときはメンバーたちと外で食べてくるみたい。


 今日は月替わりで両方の社食に月替わり新メニューが登場するから、フロアに残っているのは珍しく私と部長だけだった。

 

 部長は私が気にしない程度に視線を向けて、フロアにいるのが私だけだと確認したみたいで、まだ途中だと思う仕事を片付け始めた。


 私はこうした部長の優しさを度々目にしている。

 部長が仕事を続けたら私が気にして休めないかもしれない、そういった配慮からも私たち部下を大事にしてくれる。


「部長もちょうどお昼ですか?」


 私も部長の配慮に気づかない部下をする。


「ああ。いつも通り美味しそうな二宮のお弁当を見たらお腹がすいてきた」

 

 そう言って普段無口でクールな部長が笑うと、笑顔のギャップに”お腹空いた”ってワードが少し幼さを感じさせてくれて、素直に可愛いと思ってしまった。


 こんな仕事が出来てカッコいい部長を可愛いなんて思うなんてなんておこがましいんだ!!とデスクで頭を打ちたくなる衝動を抑えた。

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