第6話

そう思っていた。今、部長の口からあの言葉を聞くまでは。


 朝礼後、速見部長に個人的に呼び出された私は部長のデスクまで行くと、出社した時に睨めっこで考えこんでいた書類を私に渡して、「この企画書を二宮に任せたい」と言われた。


 他の皆は自分の担当している仕事に取り掛かっていて、私は部長と私しかいない錯覚に陥った空間で、部長と書類を交互に見比べて困惑していた。


 私が現在手が空いている状況ではなく、先輩と複数の仕事を掛け持ちしていて、今まで企画書を出した経験も1人で任された経験もない。


 それは運がいいことに、私が仕事の向き合い方を変えた時に任される仕事の質が変わってきたからだ。


 もしかしたら部長に私の気持ちが読まれたのかも、とその時感じていた。


 私と翔真の関係はほとんどの人が知っていることで、速見部長の同期は翔真がいる営業部の先輩だから、速見部長の耳に入っていてもおかしくない。


 自分が選んだことだったのに、本当はその配慮が寂しくて仕事を任されたい自分と葛藤していた。


 手に持たされた書類から顔をあげてもう一度速見部長の顔を見ると、整ったクールな顔立ちの射抜くような真剣な目が私を捉えた。


「以前、広報部で鮫島と二宮で市場調査をしてきた結果を元に、デザイン部が企画に取り組み開発部で形にしてきた新商品だ。誰よりもこの商品に真剣に取り組めるのは二宮だと思う」


「…速見部長…私が企画書を作ってもいいんでしょうか…」

 

 自分の仕事の向き合い方に後ろめたさがあって、気持ちでは即答で受けたい仕事、やりたい仕事なのに、喉の奥に詰まった言葉がいうことを聞いてくれない。


「二宮はどの仕事も手を抜くことなく真剣に取り組んでいるだろ?何も後ろめたいことはない。堂々と今まで通り仕事をすればいいんだ」


「…はい…」


 まっすぐ私を見る速見部長の目は澄んだ綺麗な色をしていて、今の私は受け止めることが出来ずに目をそらしてしまう。


 こんな私に部長は仕事を与えてくれて、時間を作ってくれている。こんなありがたいことはない。


 ”このチャンスを逃したら、私は一生後悔する”


「二宮は仕事が好きだろ」


「…っ、はい!」


 疑問形ではなく、はっきりと言いきった部長に俯いていた顔をあげると嘘偽りなく私を見てくれる速見部長に、久々に空気を読まない自然体の私を取り戻した気がした。


 翔真が一瞬頭をよぎったけど、もう無理。


「やらせてください、私の企画で新商品を送り出したいです。よろしくお願いします」


 勢いよく頭を下げる私に優しい声が頭上から堕ちた。








「二宮なら大丈夫。この仕事向いてるから」

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