第64話

前を歩く隼人が見つけたのは、いつも3人で来ていたお気に入りのカフェ。


いつものように、暖かみのある木の扉を開けて店内へと入ると、コーヒーの美味しそうな香がすぐに鼻を掠めた。


店員に案内され、丸いテーブルを一人掛けソファーで挟んだ二人席に腰かけた。


「すみません、注文いいですか?わたしがホットココアで…隼人は?」


「俺は、ブレンドコーヒーで」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


ドリンクを頼んだところで、やっと隼人の顔を落ち着いていることができた。


店内は昔と変わらず陽当たりも良く、木が使われた内装と座り心地が抜群のソファーのおかけで、気持ちがどんどんリラックスしていく。


「ほんと久しぶりだな、元気にしてた?」


「うん、元気にしてたよ」


「ってことは、悠真の心配は外れたってことだな」


「…外れてない、と思う、わたしも見た、悠真とたぶん、おなじ夢」


「…まじか、相変わらずひなと悠真はすごいな」


隼人の驚きの声を消すように店員の声がかかり、目の前にドリンクがおかれていく。


わたしは目の前に置かれたココアへと手を伸ばしながら話を続けた。


「今日、夢を見るまで、すごいダメになっちゃってて、大学や用以外は家から出ないで引きこもってた。外の世界に出るのが怖くて、泣いても泣いても涙止まんないし、ああもうだめかもって思ってた」


「悠真が夢に出て、よかった?、」


「うん、よかった!悠真のおかげ。今日、こうやって外に出れるまで元気になれて、隼人に会えた。ほんとに嬉しい」


「よかった、俺もすげー会いたかった。……ひながそこまで悩んだのって、悠真のこと?」


「…うんん、悠真じゃない。わたし、好きな人ができたんだ。ほんとに短い間で、いっしょにいれた時間だって少なくて、あっという間の時間だったのに…」


「ほんとに好きだったんだな」


顔をあげると、優しい笑みを浮かべた隼人がわたしを見ていた。


「うん…ほんとに、好き、だった…」


もう枯れたと思ってた。


一生分泣いたと思ってた。


泣いても泣いても涙が止まらなくて、身体中の水分はどんどん外へと消えていった。


なのに、まだ泣く涙が残ってたんだ。


いつまで経っても、何度経験してもさよならは辛くて、いつまでもわたしを締め付けるんだ。


涙がこれ以上落ちないよう、両手で顔を隠した。


「わたしから、さよならしたの、わたしから手放したの、わたしが悪いの、わたしが…わたしが…」


恵里さんを傷つけて、店長から勝手に離れて、いくらでも引き返すことはできたのに。


「自業自得なの…!」


恵里さんは店長の特別だった。


恵里さんはじぶんのことを元セフレって話すけど、店長は恵里さんを元カノって話すんだよ。


わたしは、その肩書きをもらえなかった。


一度でも、一日でも、一瞬でも、店長の彼女になれなかった。


おなじように体を重ねても、おなじように一緒の時間を過ごしても、わたしと店長は、恵里さんとおなじになれなかった。


「なんでひながじぶんを責めんの?」

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