第56話

店長と連絡をとらずに過ごした時間、色んなことを考えた。


辞めるタイミングはいつにするか、2月のいつ頃がいいか、辞めてから別れを伝えるか、辞める前に先に話すか、考えることはたくさんだった。


そして、前に店長に聞かれた言葉を思い出した。



ーーーひなたはほんとに俺がすき?






言われたとき、意味がわからなかった。



わたしは店長がすきで、店長を選んで今ここにいて、なんでそんなこと聞くの?って。


反抗的になった理由は、店長の声や目が……わたしの好きは本物じゃないよって言っているように、聞こえたから。


店長はわたしの好きなんてひとつも信用していなかった。


誰よりも臆病で何重にも壁を作って人を寄せ付けないくせに、愛されたがる店長の心は、愛を求めるくせにわたしのことも信じてくれないんだ。


そう思って傷ついた。


今になって、それが違うってちゃんとわかる。


別れがくるときを店長は始めから、わかってたんだ。





前だったら触れることができたこの距離を、もう埋めることはできない。


店長にとってわたしの好きは偽物だったとしても、わたしには本物だった。


前を歩く店長の背中に今すぐ抱きつきたい。


店長の腕の中に閉じ込められたい。


名前を呼ばれて、愛されてると錯覚させられるような優しいキスを何度もされたい。


こんなにも、胸が張り裂けるほど痛むのに……わたしの想いは偽物に見えてたの?


偽物じゃないよ、わたしはちゃんと好きだたよ。


好きだから離れるんだよ、店長。


伝わらなくてもいい、信じてもらえなくてもいい、わたしの好きを偽物だと思っててもいいよ。


店長が幸せになるなら、店長の孤独がなくなるなら、恵里さんが店長の元に戻れるなら、わたしは自分に嘘だってつけるよ。



少し距離を開けたわたしに気づかずスキンシップをとる秋人と沙良ちゃん、二人に続いて歩く店長。


さよならの準備を始めるって決めたんだ。


「さよなら」


聞こえないぐらいの小さい声を店長にかけて、わたしはその場をあとにした。





side店長


気づいたときには姿を消したあとだった。


連絡が来なくなったとき、なんとなく別れを予感できた。


たまに触れる手を、もう2度と掴むことが出来ないことも予感できた。


泣きそうな顔で俺を見るひなたを、抱きしめることはもう出来ないんだ。


恵里となにかあった?


傷ついた?


俺のこと嫌いになった?


最初からわかっていたことなのに、口から出そうになるのはこんな言葉ばかりだった。

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