第47話
ひなたは何にも気づいてない。
蔵永がバイトの女を隣に呼ぶことなんてなかったし、ましてや仲良く話すところさえなかった。
こいつは女に潔癖なんじゃないかというぐらい浮いた話もなく、顔もイケメンだから騒ぐ女子はいたけども、じぶんから話しかけるところなんてひなたが初めてだった。
しかも、ひなたは最初から普通に話せてた。
ひなたは知らないけど、初日から蔵永に普通に話しかけた女としてちょっとした有名人になってたぐらいだ。
今だって蔵永との距離が近いことがわかるのに、ひなたはまったく気づいてない。
ひなたから見る蔵永は普段の蔵永じゃない、こうやって普通に話せる蔵永はひなたの前だけだ。
ピッチが早かったせいか、蔵永の酔いが回ってきた気がする。
時おり伸びる手がひなたの髪に触れる。
俺がいつも指を絡ますところに蔵永の手が触れると、ふつふつと醜い感情が沸き上がってくる。
ひなたは自分が触ることには抵抗があるが、触られることに対しては嫌悪感が少ない。
その放置しがちな癖も嫌いだ。
ひなたに悪気はない。
それに、ひなたの気持ちはいつもまっすぐ俺だけに向いている。
今日飲まなかったのだって俺のためだ。
ひなたを見る蔵永とひなたの視線が交わることはない、だって、ひなたが見つめる先にいるのは、俺だから。
ーーーーひなた、早くこっちこい
俺の口を読み取ったひなたは荷物をささっと持ちトイレに立った。
ひなたが戻ってくるのさえ待てず、俺もトイレへと向かった。
少し早足で歩くだけでひなたに追い付き、視覚に入る角にひなたを閉じ込めた。
腕の中にひなたがいる。
至近距離にあるひなたの瞳には愛しそうに見つめる俺の顔が映る。
「…1度トイレに立とうと思ったんだけど、早く店長の所に行きたくて悩んでた、」
「…俺も」
至近距離で絡まる息に我慢できず、触れるだけのキスを数回繰り返す。
「もう抜け出しちゃうか?」
「だめだよ…、店長いなくなったら皆騒ぎだすよ?」
「明日お互い休みなのに、なんで飲み会なんてあるんだろうな、」
「…店長明日休み?」
「シフト確認してねえの?」
「店長の休み把握しちゃうと期待しちゃうから…、なるべく見ない」
「確認してよ。俺、結構ひなたのこと呼び出すよ?」
「…うん、」
「飲み会終わったらいっしょに帰ろうな」
「うん」
最後に軽いキスをして俺だけ先に戻った。
その後、俺の隣にひなたが座ることはなかった。
酔いが完全に回った蔵永が、トレイから戻ったひなたを無理矢理じぶんの隣に座らせた。
しかも、酔っ払い蔵永を酒を飲んでないひなたが送ることになり、俺もいっしょに付いていくことにした。
そもそもひなたじゃ蔵永を運べない。
蔵永はほんとに辛そうで、後ろの座席で俺に介抱されながらなんとか絶え、二人で蔵永の部屋まで運んだ。
中を覗くとギターやロックテイストの蔵永に似合うものばかり置いてあって、ひなたが少し興奮ぎみだったのにムカついた。
どうせ俺の部屋は物がねえよ。
「じゃ、帰りますか!蔵永くんお大事に」
帰るひなたに少し、名残惜しそうな視線を送っていたが、こいつは気づかずさっさっと退散。
「明日も大学あるんだろ?早く寝て酔いさませよ?」
「……店長も、酔いに任せて変なことしないでくださいよ」
「大丈夫大丈夫。見た目ほど酔ってないから」
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