第34話

ドンッーーーーー


一瞬緩んだ悠真の腕から逃げて、胸板を思い切り押してわたしから突き放した。


微かに鼻をかする悠真の香りは、今まで何度も嗅いだ大好きな匂い。


安心できて、これからもわたしを守ってくれるものだと思ってた。


その香りに、他の人の匂いが混じるなんて想像出来なかった。


悠真のたった1度の行為にたくさん傷つけられた。


それでも嫌いになれなくて、求められたら嬉しくて、会えたら抱き締めてほしくて、恵里さんとわたしは同じだ。


店長を嫌いになれず苦しむ恵里さんと同じ。


ただ一つ違うのが、恋した相手が同じようにわたしを愛してくれない男だということ。


だったら2つとも手にしたくない。


最初に大きな傷をつけた悠真から離れたい。


ぎゅーーーっ


店長が触れた感触を取り戻すように、体に腕を巻き付ける。


出ていくときに見た店長の寝顔を思い出す。


小さな顔に閉じた瞳、さっきまで私に触れていた柔らかい唇、最後にキスしておけばよかった。


そうしたら、もっともっと頭の中は店長でいっぱいになったと思うのに。



「ひな…た、」


「もう悠真に触れられたくない、」


「なんだよそれ、そいつの感触が消えるから?、俺に触られたくないから?」


「……、もう終わったんだよ?悠真とわたしは、7月のあのときに終わってて、ここまでずるずる来たんだよ、2度も離れることを承諾したのに、なんで来るの!?」


「離れらんねえからだよ!!」



今まで1度もわたしに声をあらげることなんてしなかった悠真の、悲鳴にも似た叫びが耳に突き刺さる。


悠真は年下だけど落ち着いてて、しっかりしてて、わたしにキレたり怒鳴ったりなんて1度もなかった。


こんなに怒ってる悠真は初めて見た。


うんん。


怒ってるんじゃない。


傷ついてるんだーーー



「今すげーわかる、ひなたの気持ち、こんなに醜い感情が身体中走り回るんだな、他のやつがひなたに触れて、俺と同じようにひなたを抱いたと思うと、ほんと、腸煮えくり返るよ」


「っ……別れてるのに、そんなこと思う権利ない」


「そうだな、別れてるのにそう思う権利ないよな。だけど、ぶっ殺したいぐらいそいつがムカつくよ。…別れててもこんなに辛いなら、ひなただってもっと辛かったよな。ほんと、悪かった、ごめん。ごめんひなた」


「…もう、終わりにしよう」


「どうしても、戻れないのか…?」


「消えない、傷が。癒えないんだ、ずっと。悠真を見るたび辛くなる」


「……ごめん。人に話したら笑われるかもしれないけど、俺も本気でひなたとの結婚を考えてた。望んでた。そもそも俺の独占欲から結婚話いいだしたのに、振り回してごめんな」


「…ほんとだよ、わたし元々結婚願望なんてなかったんだからね。悠真のせいだよ?」


「俺のせいだから、今すぐひなたの結婚願望消えてほしい、今の相手となんて絶対結婚反対」


「悠真の独占欲ぶっとび過ぎてて怖いよ」


「俺は反対にひなたの男運の悪さが心配で仕方ないよ。俺もそうだけど、ひなたは知らず知らずに人ががっちがちに固めた扉の中に入り込んで、人の心をほどく。しかも案外ふわふわしてるから、すぐ支配欲や独占欲の固まりに捕まる」

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