第32話

階段を登りきって、部屋の前の扉に背中を預けて座る悠真が目に入った。


わたしの大好きな悠真に似合うマフラーをぐるぐる巻いて、左耳にスマホを当てて電話する大好きな姿。



前ならきゅんと胸が疼いて駆け寄っていた光景だけど、今は胸を痛める要因でしかない。


じぶんの意思とは反したようにゆっくりした歩調で悠真に向かって歩く。


わたしの話す声が途切れて、聞こえる足音にすぐ近くまで来てることを悠真もわかってる。


それでも電話は切らないし、声も発しない。


こっちも見ない。


ーーー悠真も別れの準備をしてるんだ。


悠真の前まで来た。



前は腕を引っ張られて抱き締められたけど、今日は涙を浮かべた瞳でわたしを見上げるだけだった。


「……そいつのとこにいたの?、煙草臭いんだけど」


苦笑する悠真に、涙で顔が崩れたわたしもゆっくり頷く。


リュックから鍵を取り出して玄関を開けて、悠真を中に入れてからわたしも入る。


防犯対策として鍵を閉めたけど誤解させたんじゃないかを視線を送ると、靴を脱いでる途中だった悠真は苦笑した顔で「わかってるよ」と答えた。


また、悠真を傷つけたかもしれない。


悠真が苦笑した顔を見せるときは傷ついたときだ。


わたしもブーツを脱いで家に上がり、先に部屋に入った悠真が電気をつけてソファーに腰かけた。


わたしはそのままキッチンに向かい、悠真が好きなアイスコーヒーとわたしの分のココアを準備して持っていった。



「ココアは好きなのに紅茶は嫌いってややこしいよな」


別れ話をするけどもいつもの癖で隣に座ってしまった。


癖ってなかなか抜けないんだなーなんてしみじみ思った。


悠真に煙草臭いと言われたから、せめて最後ぐらいはきちんとしようと簡単に着替えだけ済ませた。


それでも髪とかに香りは残ってると思うけど、着替えないよりはましだと思う。


「紅茶チャレンジはするんだけど胃が受け付けないの


「コーヒー飲めないって顔してるのにコーヒー大好きだしギャップありすぎだろ」


「コーヒーは悠真の影響だよ。悠真がコーヒー好きだから飲む機会が増えたんだし」


悠真は高校生なのにブラックコーヒーが好きで、うちに来るとコーヒーばっか飲んでた。


一応炭酸飲料とかも用意するのに、たまにしか飲まないから反対にわたしが太ってしまった。


あるとついつい飲んでしまうのが乙女心だよね。

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