第25話
「恵里菜がお店に来るのは俺に仕事のことで用事があるからだけど、少なからず他の目的があるのをわかってる。恵里菜が真剣に今の彼氏と付き合ってるのもわかってるし、消えない気持ちに苦しんでるのも知ってるよ」
「わかってて、知ってて、店長はなにも出来ないんですか?」
「俺は恵里菜から逃げたんだよ。1度逃げた問題に俺がどうこうしていいもんじゃねえし、恵里菜が乗り越えるか手放せるまでこのまま付き合おうと思ってるよ」
「……」
じゃあ、店長は?
胸にポツンと浮いた言葉は声にならなかった。
「恵里菜が実蔵と仲良く話してるときに、わかってはいたけど気持ちが焦った。自業自得、恵里菜に付き合うって決めてたけど、実蔵がもう俺に笑いかけないって思ったら、すげー絶望感に落ちて、もう取り戻せないのに、過去を消せたらって本気で思った」
だんだん小さくなる店長の声に、そう思った自分さえも許せなくて、余計に苦しんでるのことが伝わった。
わたしはどの言葉を選んでいいのかわからなくて。
ただじっと、店長の声に耳を傾けた。
「恵里菜は店の女の子に手を出すんじゃないかってすごい不安がるけど、蔵永たちが面白半分に騒ぎ立てて問題に発展したことだってあんだよ。俺の風貌も問題があるって怒られたし、店長らしく振る舞えともいわれた」
「……」
お店での店長を想像するけども、いじられてる店長しか浮かばない。
わたしが頭の上で思い出してる光景が見えてるように、「そうしてたほうがあいつら言うこと聞いてくれんだよ。ほんと店長なんて肩書きだけだな」と、自嘲ぎみに笑った。
「恵里菜は誰でもよかったと思ってるかもしんないけど、自分のお店の子に手を出すなんて、すげー勇気がいることだよ。例え相手からの好意からだったとしても、簡単に出来ることじゃない。今までで恵里菜だけだったよ。本人は疑ってるみたいだけど」
と、店長は自分の側に置いてあるスマホを指差した。
「深夜に恵里が泣きながら連絡してきたよ。ひなに手を出さないでって。わたしの気持ちが落ち着くまで誰とも恋愛しないでって」
「……っ…、めぐさんはどうするんですか?」
「恵里以来初めて自分から好きになった相手だから別れたくねえのが本音、けど、泣いてる恵里を突き放すなんて出来ねえじゃん。昨日のうちに自称彼女と別れ話をして、連絡繋がんねえからめぐにはラインで別れ話を済ませたよ」
「店長はこれから先、恵里さんの気持ちが落ち着くまで1人でいるの?」
「…恵里から話を聞いてどう思った?俺のこと軽蔑した、最低だと思った?もう顔も見たくないと思った?」
「……そしたら電話もしてないし会いに来てないよ」
「そうだよな、……実蔵、俺最低だし、まだめぐのこと忘れらんねえし恵里のこともあるけど俺のそばにいてほしい」
「……自分がすごい勝手なこと言ってるってわかりますか?」
「わかってるよ」
「わたしもお店の女の子ですよ?手を出す覚悟、出来てますか?」
「実蔵は出される覚悟出来てる?」
「出来てないですそんな覚悟、無理です、店長の子供妊娠したくありません」
「……ゴム付けるから」
「今の間はなんですか間は!絶対付けないとだめですから!!てかそこも反省してくださいよ!!」
こっちに向かって歩んでくる店長に吠えるように言葉を浴びせる。
ムードなんてあったもんじゃない。
だってそうしないと、私は店長に捕まってしまう。
気づいたときにはもう目の前にいた店長が強い力で私の腕を引き、自分の腕の中に強く強く閉じ込めた。
「もうだめ、捕まえたもん。実蔵は俺のそばにいるの」
「恵里さん泣きますよ…?泣かせていいんですか」
「もう昨日泣かせた、まだ手出してないのに」
「手を出したらもっと泣かせますよ」
「それでも仕方ねえじゃん、実蔵がほしいんだもん」
そういうくせに、店長の心にはまだ本命のめぐさんがいて。
突き放せない大事な恵里さんがいて、
私なんて何番目ってぐらい低い順位にあるのに。
ほしいなんて言葉をいうんだ。
ほんと最低な男だ、わたしに恵里さんを裏切れと言うのか。
だけど、とっくに裏切ってたのかもしれない。
恵里さんの話を聞いて苦しかったのは、ちがう感情も心の中に存在していたから。
いつのまに恋に落ちていたんだ――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます