第23話
涙で視界がにじんで見えなくなる頃。
ようやく店長のキスが止んだけど、私はソファに押し倒された状況だった。
両腕を店長の大きな手によって固定され、目線だけを必死に店長に合わせる。
「店長、店長…わたし無理だよ、私は受け止めきれない。おなじこと繰り返しちゃだめだよ」
「……同じことって?」
「恵里さんは、覚悟があった。店長との子供を授かったら産む覚悟もいっしょになる覚悟もあった、店長はそれれがなかった、どんな理由があろうと店長がしたことは責任逃れでしかないよ」
「……」
「付けないでするって女性にどんな恐怖心を与えると思う?わたしは無理だよ、もう怖くて泣きそうだよ店長、今までそれが許されたのは、店長が甘えさせてもらってたからだよ。店長の気持ちを優先してくれたから、そうやって甘やかしてもらえてたから、成り立ってたんだよ」
「実蔵は……」
「絶対に嫌!これ以上触んない!!」
店長の傷ついた顔なんて自業自得だよ。
わたしのせいじゃない。
店長はこれまでも甘やかされてきたんだ。
恵里さんに、めぐさんに、周りの女性たちに……。
わたしはやだ、自分が大事。
店長のためになんて傷つきたくない。
「店長お願い、腕痛いよ、離して…」
店長はなにも言わず、わたしの瞳をじっと見つめた。
少しの間そのままの状態でいると、押さえ込んでた腕を離して、私をソファから引き上げてくれた。
「……今日はほんと、会いたかっただけなんだ。男の体って単純でさ、会ったらヤりたくなるもんかもね」
「それは店長がまだまだ子供な証拠ですよ。…いたっ!叩くことないじゃないですか!」
「なに飲む?コーヒー、紅茶、緑茶とオレンジジュースもあるぞ」
「店長やっぱ子供じゃないですか」
「実蔵のために用意したんだよ」
「……コーヒーでお願いします」
ぶっすーと答えると、店長は嬉しそうに小さな笑みを溢して、コーヒーの準備をしてくれた。
手持ちぶさたになったので、なんとなく膝を抱えてソファーの下に座り直した。
テーブルの上には店長が読んでるらしい難しそうな本が置いてあった。
ペラペラめくったけど、漢字が多く、専門用語?も頻繁にあるそれを読む気にはなれなかった。
少しして店長がミルクと砂糖を1個ずつ入れたコーヒーマグカップを手前のガラステーブルに置いた。
てっきりまた隣に座ると思ったんだけど、店長はそのままキッチンに戻って、新聞を読み始めた。
急に会話がなくなるのも不安で、なにか共通な話題がないかと記憶を探してみる。
あ、あった。
「店長、秋人いるじゃないですか?」
先輩といっても年下の高校生で、ちょっとドジもするかわいい男の子だ。
店長を兄のように慕っていて、バイトも熱心にこなす先輩。
店長もすぐに秋人の顔が浮かんだみたいで、「実蔵ってあいつのこと下の名前で呼んでんだな」と意外そうな声を出した。
「プライベードでは年下の友達ですから。休憩時間に店長のお使いで飲み物買いに行くじゃないですか」
秋人がいるときに恒例になっている、お店の前の自販機にコーヒーを買いに行くお使い。
いつも秋人が飲む分の代金も渡している。
「たまに私の分も自分のポケットマネーで買ってくれるんですけど、紅茶花伝なんです。わたし紅茶飲めないから毎回どーしよ、言った方がいいのか悩んでて」
「俺がラインで秋人に教えといてやるよ」
「……優しく言ってくださいよ?冷たく言うと秋人泣きますからね」
「実蔵の見た目なら紅茶飲んでるのがしっくりくるんだけどなー。飲めないとか意外だった」
「店長も意外にも甘党でびっくりしました」
甘いコーヒーに甘いチョコ。
砂糖ばかり摂取してるのになんで太らないか謎だよ。
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